日本史の授業で「押領使(おうりょうし)」と「追捕使(ついぶし)」という言葉を聞いたことはありますか?
テストに出ることもあるこの2つの役職ですが、「名前が似ていて、どっちがどっちか分からない!」という人も多いはず。そこで今回は、歴史の流れをふまえながら、押領使と追捕使の違いを分かりやすく解説します!
また、覚えやすくするための語呂合わせやテスト対策ポイントも紹介するので、しっかりマスターしましょう!
押領使と追捕使の違いを分かりやすく解説

押領使と追捕使の違いとは?職務・役割・特徴を比較!
押領使と追捕使の違いを簡単に説明すると、押領使は「地方の治安維持」、追捕使は「海賊や反乱の鎮圧」が主な仕事です。どちらも警察や軍隊のような役割を持ちますが、設置された目的や活動範囲に違いがあります。
- 押領使(おうりょうし): 平安時代初期に誕生し、地方の治安を守る役職。特に東日本で活動することが多く、国司(今でいう県知事のようなもの)が兼任することが一般的でした。
- 追捕使(ついぶし): 平安時代中期に設置され、特に西日本や瀬戸内海周辺で海賊や賊を取り締まる役職。最初は臨時の役職でしたが、後に各国で常設されるようになりました。
つまり、押領使は「地域密着型の警察」、追捕使は「広範囲で活動する特別警察」というイメージを持つと分かりやすいですね!
押領使とは?いつ誰がつくった?歴史的背景を解説
押領使は、平安時代初期の延暦14年(795年)に登場しました。当初は兵士を統率するための役職で、戦闘にはあまり関わりませんでした。しかし、時代が進むにつれ、地方の治安が悪化し、国司だけでは盗賊や反乱を抑えきれなくなりました。
そこで、戦闘経験のある武士や地元の豪族が押領使として任命されるようになります。特に有名なのが、「平将門(たいらのまさかど)の乱(935~940年)」です。関東地方で勢力を持った平将門が朝廷に反旗を翻した際、押領使として活躍したのが「藤原秀郷(ふじわらのひでさと)」です。彼は将門を討ち取り、その名を歴史に刻みました。
このように、押領使は地方の武士が任命されることが増え、次第に武士の権力が強くなっていきました。
追捕使とは?いつ誰がつくった?設置された理由を解説
追捕使は、承平2年(932年)に設置されました。当時、瀬戸内海では海賊が多発し、商人たちが襲われる事件が増えていました。そこで、朝廷は海賊退治を目的に追捕使を任命したのです。
特に有名なのが、「藤原純友(ふじわらのすみとも)の乱(939~941年)」です。藤原純友はもともと国司でしたが、瀬戸内海で海賊を率いるようになり、大宰府(福岡)を襲撃しました。この反乱を鎮圧したのが、追捕使の小野好古(おののよしふる)です。彼は戦闘能力の高い武士を率いて、藤原純友を討ち取りました。
このように、追捕使は最初は「海賊退治」のために作られましたが、その後は全国で反乱鎮圧や治安維持の役割を担うようになりました。
押領使と追捕使の共通点とは?どちらも令外官!
押領使と追捕使の共通点は、どちらも「令外官(りょうげのかん)」という特別な官職であることです。令外官とは、大宝律令(701年)に載っていない新しい官職のことで、時代の変化に合わせて作られました。
他にも、検非違使(けびいし) や 征夷大将軍(せいいたいしょうぐん) も令外官の一種です。押領使や追捕使は、朝廷が律令制度の限界を感じ、新しい治安維持の仕組みを作る中で生まれたのです。
また、押領使と追捕使はどちらも「戦闘を伴う役職」だったため、地方の武士が任命されることが多くなり、のちの武士の時代を作る土台になりました。
押領使と追捕使はどのように変化した?守護への進化とは
平安時代後期になると、押領使や追捕使は「守護(しゅご)」へと発展していきました。守護は、鎌倉幕府が全国に設置した役職で、今でいう「県警本部長」のようなものです。
実は、鎌倉幕府を開いた源頼朝も「日本国惣追捕使(にほんこくそうついぶし)」という役職に任命されています。つまり、追捕使がそのまま幕府の制度に引き継がれたのです。
押領使や追捕使の存在は、武士の時代がやってくることを示していたのですね。
押領使と追捕使の違いの後に:テスト対策・用語解説

押領使と追捕使は、日本史のテストでも頻出の重要ワードです。ここでは、分かりやすく記憶するための語呂合わせや、テストに出るポイントを解説します。しっかり理解して高得点を狙いましょう!
押領使と追捕使を覚える語呂合わせ!
歴史用語は、語呂合わせで覚えると一気に楽になります。押領使と追捕使も、以下の語呂で簡単に暗記しましょう!
- 押領使(おうりょうし)→「おう!領地の治安を守れ!」
→「押(おう)」は「押さえる」「領(りょう)」は「領地」のこと。つまり、「押領使=領地の治安を守る役職」と覚えましょう。 - 追捕使(ついぶし)→「追いかけて捕まえる!」
→「追(つい)」は「追跡する」、「捕(ぶ)」は「捕らえる」という意味。つまり、「追捕使=逃げる海賊や反乱軍を追いかけて捕まえる役職」と考えると分かりやすいです。
さらに、2つの違いをまとめると…
- 押領使は、地元密着の警察(地方の治安維持)
- 追捕使は、全国を移動する軍隊(海賊・反乱鎮圧)
このイメージを頭に入れておけば、テストでも迷うことはありません!
押領使と追捕使はいつの時代?年号と時代背景をチェック!
テストで狙われやすいのが、「いつできたのか?」という年号問題です。ここで、押領使と追捕使の誕生年と背景をまとめておきます。
- 押領使の誕生(795年・延暦14年)
→ 平安時代初期。地方の治安維持のために設置された。国司が兼任することが多い。
→ ポイント! 平将門の乱(935~940年)で大活躍し、全国に広まった! - 追捕使の誕生(932年・承平2年)
→ 平安時代中期。特に瀬戸内海の海賊対策として設置された。
→ ポイント! 藤原純友の乱(939~941年)で活躍!その後、全国的に常設された!
このように、年号と事件をセットで覚えることが重要です。「承平・天慶の乱」とセットで押さえておくと、さらに理解が深まります!
テストに出る!押領使・追捕使の重要人物まとめ
押領使と追捕使に関わる有名な人物を、テストに出る順に紹介します!
押領使の有名人物
- 藤原秀郷(ふじわらのひでさと)
→ 平将門の乱を鎮圧した押領使。関東の武士の代表格。 - 平貞盛(たいらのさだもり)
→ 平将門の乱で朝廷側について戦った武士。押領使と協力した。
追捕使の有名人物
- 小野好古(おののよしふる)
→ 追捕使として、藤原純友の乱を鎮圧した。元は貴族の家系。 - 源経基(みなもとのつねもと)
→ 小野好古と共に、藤原純友の乱を鎮圧。後に武士の祖となる人物。
このように、テストでは「どの人物がどの反乱を鎮圧したのか?」を問われることが多いです。しっかり整理しておきましょう!
押領使と追捕使はその後どうなった?鎌倉時代との関係
押領使と追捕使は、平安時代の治安維持の役職として活躍しましたが、鎌倉時代になると「守護(しゅご)」へと発展していきました。
- 押領使 → 守護の原型
→ 守護は各国の軍事・警察のトップであり、押領使の役割を引き継いでいる。 - 追捕使 → 惣追捕使 → 守護に発展
→ 惣追捕使は全国の治安を維持する役職。源頼朝が「日本国惣追捕使」となり、幕府を開くきっかけとなった!
つまり、押領使と追捕使は、のちの武士の支配体制を作る重要な役職だったのです。鎌倉幕府の成立と結びつけて理解すると、歴史の流れがスムーズに見えてきますね!
押領使と追捕使のまとめ!一問一答で最終チェック
最後に、押領使と追捕使に関する一問一答をチェックして、理解を深めましょう!
Q1. 押領使と追捕使の違いは?
→ 押領使は地方の治安維持、追捕使は海賊や反乱の鎮圧!
Q2. 押領使が活躍した有名な反乱は?
→ 平将門の乱(935~940年)!
Q3. 追捕使が活躍した有名な反乱は?
→ 藤原純友の乱(939~941年)!
Q4. 押領使として有名な人物は?
→ 藤原秀郷!平将門を討った!
Q5. 追捕使として有名な人物は?
→ 小野好古!藤原純友を討った!
Q6. 押領使と追捕使はその後どうなった?
→ 守護へと発展し、鎌倉幕府の基礎を作った!
これらを完璧に覚えれば、テスト対策もバッチリです!
総括:押領使と追捕使の違いまとめ
最後に、本記事のまとめを残しておきます。
1. 押領使と追捕使の基本的な違い
- 押領使(おうりょうし):地方の治安維持を担当し、主に東日本で活動。
- 追捕使(ついぶし):反乱や海賊の鎮圧を担当し、主に西日本や瀬戸内海周辺で活動。
2. 押領使と追捕使の設置時期と目的
- 押領使(795年・延暦14年)
→ 平安時代初期に設置され、国司(地方長官)が兼任することが多かった。
→ 平将門の乱(935~940年)を鎮圧したことで全国的に広まる。 - 追捕使(932年・承平2年)
→ 瀬戸内海の海賊対策として設置される。
→ 藤原純友の乱(939~941年)を鎮圧し、全国の治安維持役として常設されるようになる。
3. 押領使と追捕使の有名人物
- 押領使
- 藤原秀郷(ふじわらのひでさと):平将門の乱を鎮圧した武士。
- 平貞盛(たいらのさだもり):平将門討伐に関与し、押領使と協力した。
- 追捕使
- 小野好古(おののよしふる):藤原純友の乱を鎮圧した追捕使。
- 源経基(みなもとのつねもと):小野好古と共に藤原純友を討伐し、武士の祖となる。
4. 押領使と追捕使のその後
- 平安時代後期
→ 押領使と追捕使は、次第に武士の権力が強まる中で重要性が増す。 - 鎌倉時代(1185年~)
→ 押領使は「守護」へ発展し、各地の軍事・警察のトップに。
→ 追捕使は「惣追捕使」となり、源頼朝の「日本国惣追捕使」へと発展し、幕府成立の基礎となる。
5. テスト対策のポイント
- 語呂合わせ
- 押領使:「おう!領地の治安を守れ!」(地方の警察)
- 追捕使:「追いかけて捕まえる!」(反乱鎮圧)
- 重要な年号
- 押領使の誕生:795年(延暦14年)
- 追捕使の誕生:932年(承平2年)
- 平将門の乱:935~940年(押領使が活躍)
- 藤原純友の乱:939~941年(追捕使が活躍)
- 頻出の一問一答
- Q1. 押領使の役割は? → 地方の治安維持
- Q2. 追捕使の役割は? → 反乱・海賊の鎮圧
- Q3. 押領使が関わった事件は? → 平将門の乱
- Q4. 追捕使が関わった事件は? → 藤原純友の乱
- Q5. 押領使と追捕使の共通点は? → どちらも令外官
