みなさんは「前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)」という言葉を聞いたことがありますか? 歴史の教科書に出てくる「鍵穴のような形をしたお墓」です。
でも、なぜそんな形をしているのか? どうしてたくさん作られたのか? そんな疑問を持つ人も多いでしょう。
今回は、塾長の私が 「前方後円墳はなぜ作られたのか?」 を分かりやすく解説します! さらに、日本最大の古墳や埴輪(はにわ)についても紹介しますよ。
歴史が苦手な人でも楽しめる内容なので、ぜひ最後まで読んでくださいね。
前方後円墳はなぜ作られたのか?目的と理由

前方後円墳は、3世紀後半から7世紀にかけて多く作られた古墳です。その目的には 「権力の象徴」「宗教的な意味」「政治的な役割」 など、さまざまな理由がありました。
それでは、それぞれの理由を詳しく見ていきましょう!
前方後円墳は権力の象徴だった!大和政権との関係
前方後円墳は、ただのお墓ではありませんでした。特に大きな古墳は 「この地域を治める強い支配者がいるぞ!」 ということを周囲に示すために作られたのです。
当時、日本には 「大和政権(やまとせいけん)」 という強いリーダーの集まりがありました。大和政権は 「大王(おおきみ)」 という今でいう天皇のようなリーダーを中心にして、たくさんの豪族をまとめていました。そして、彼らは自分たちの力を見せつけるために、大きな古墳を作ったのです。
実際、 「古墳の大きさ=権力の大きさ」 と考えられていました。だからこそ、大和政権のリーダーたちは、巨大な前方後円墳を築き、自分たちの力を誇示していたのです。
祭祀と信仰の場だった!前方後円墳の宗教的な意味
前方後円墳には、 「亡くなった支配者を神様として祀る」 という目的もありました。昔の日本では、 「死んだ人の魂(たましい)は特別な力を持っている」 と信じられていたのです。
特に大きな前方後円墳には 「埴輪(はにわ)」 という土で作った像が並べられていました。これは、亡くなった王や豪族が 「あの世でも平和に暮らせるように」 という願いを込めたものです。また、古墳の周りには 「神様をまつるための道具」 もたくさん置かれていました。
つまり、前方後円墳は 「ただの墓ではなく、亡くなった人を神様としてまつる場所」 でもあったのです。これによって、その土地の人々は 「王様の魂が守ってくれる」 と思い、信仰を続けていたのです。
戦争を防ぐため?前方後円墳と古代の統治システム
弥生時代まで、日本は 「戦いが絶えない時代」 でした。各地の豪族が 「自分の土地を広げるため」 に争いを続けていたのです。
しかし、 大和政権が前方後円墳を使って統治を進めると、戦いが少なくなった という説もあります。どういうことかというと、 「強い王のもとに、たくさんの豪族がまとまった」 からです。
「大きな古墳を作ることで、俺たちは仲間なんだ!」というメッセージを伝え、 「無駄な争いをなくし、平和を守る」 という狙いがあったと考えられています。
治水事業の一環だった?前方後円墳と水の関係
前方後円墳のまわりには 「周濠(しゅうごう)」 という堀が掘られています。これは、 お墓を守るためという説が一般的ですが、一部の研究者は 「農業用のため池として利用された可能性がある」 と考えています。
昔の日本では、水を管理することがとても大切でした。田んぼに水を引くためには「ため池」や 「水路」が必要です。そこで、前方後円墳を作るときに、 「ついでに水をためられるようにしたのでは?」 というのが、この説の考え方です。
つまり、前方後円墳は「お墓」であると同時に、「地域の人々が生活するための重要な施設」でもあった可能性があるのです。
なぜ「鍵穴型」なのか?前方後円墳の形の由来
前方後円墳は、なぜ 「鍵穴の形」をしているのでしょうか? これは、弥生時代の「墳丘墓(ふんきゅうぼ)」が発展したものと考えられています。
もともと、弥生時代には「円形の墓」や「四角い墓」がありました。そして、その間をつなぐ 「祭りを行う場所」 が発展して、今の前方後円墳の形になったと言われています。
また、中国の「天円地方(てんえんちほう)」という思想も関係しているかもしれません。中国では「天は丸く、地は四角い」と考えられていたため、それが前方後円墳の形に影響を与えた可能性もあります。
前方後円墳なぜ作られたか:特徴と代表的な古墳を紹介

前方後円墳は、古代のリーダーたちが力を示すために作った巨大なお墓です。でも、その形や作り方、配置にはさまざまな特徴があります。ここからは前方後円墳の構造や種類、日本最大の古墳、埴輪との関係について詳しく解説していきます。
前方後円墳の基本構造とは?鍵穴の形に隠された意味
前方後円墳の最大の特徴は「鍵穴のような形」です。この形には、次のような要素が含まれています。
- 後円部(こうえんぶ) … 亡くなったリーダーが埋葬される場所
- 前方部(ぜんぽうぶ) … 祭祀(まつりごと)を行う場所
- 周濠(しゅうごう) … 墳丘を囲む堀、水をためる役割も
- 葺石(ふきいし) … 古墳の斜面を覆う石、崩れを防ぐ
- 埴輪(はにわ) … 古墳の上や周囲に並べられた土製の像
この「後円部に埋葬し、前方部で儀式を行う」というのが、前方後円墳の大きな特徴です。また、周濠があることで 「外から見ても迫力のある巨大なお墓」 になっています。
日本最大の前方後円墳は?仁徳天皇陵古墳のすごさ
日本には約5,000基以上の前方後円墳があると言われています。その中でも「最大級」とされるのが 「仁徳天皇陵古墳」 です。

仁徳天皇陵古墳の基本データ
- 所在地 … 大阪府堺市
- 全長 … 486m(世界最大級!)
- 後円部の高さ … 約35m
- 周濠の数 … 3重
この古墳は、エジプトのピラミッドや中国の始皇帝陵よりも広い面積を持つ巨大なお墓なのです! まさに 「日本の王の威厳」 を示すシンボルだったと言えるでしょう。
前方後円墳と埴輪(はにわ)の関係とは?
前方後円墳といえば 「埴輪(はにわ)」 を思い浮かべる人も多いでしょう。埴輪は、古墳の上や周囲に並べられた素焼きの土製の像です。
埴輪にはいくつかの種類があり、それぞれに意味がありました。
- 円筒埴輪(えんとうはにわ) … 古墳の周囲に並べて境界を示す
- 人物埴輪(じんぶつはにわ) … 豪族や戦士の姿を表現
- 動物埴輪(どうぶつはにわ) … 馬や犬などの家畜を表現
- 家形埴輪(いえがたはにわ) … 住居や倉庫をかたどったもの
埴輪は 「古墳を守る」「亡くなった人の暮らしを再現する」 という目的で作られていました。つまり、前方後円墳はただのお墓ではなく、亡くなった人があの世で「快適に暮らせるようにする場所」でもあったのです。
古墳時代の終わり!なぜ前方後円墳は作られなくなったのか?
前方後円墳は3世紀後半から6世紀後半までに盛んに作られました。しかし、 7世紀に入ると、ほとんど作られなくなります 。その理由は、政治と社会の変化 にありました。
前方後円墳が作られなくなった理由
- 大王(天皇)の埋葬形式が変わった
- 7世紀以降、天皇の墓は「方墳(ほうふん)」や「円墳(えんぷん)」になった
- 八角墳(はっかくふん)という形が登場し、権力者の墓の形式が変わった
- 律令国家の誕生
- 大和政権は「律令制度(りつりょうせいど)」という新しい統治システムを導入
- 中央集権的な政府ができ、豪族の権力が弱まった
- 火葬の普及
- 飛鳥時代(7世紀)から「火葬(かそう)」の文化が広まり、土を盛った巨大なお墓が不要になった
つまり、社会の仕組みが変わるにつれて、 前方後円墳も時代遅れになってしまったのです。
前方後円墳は今も見られる?おすすめの見学スポット
前方後円墳は全国にありますが、その中でも特に「見学しやすく、歴史を学べる場所」をいくつか紹介します!
おすすめの前方後円墳スポット
- 仁徳天皇陵古墳(大阪府)
- 日本最大の古墳! 世界文化遺産にも登録された
- 周りを歩いて、古墳の巨大さを実感できる
- 箸墓古墳(奈良県)
- 日本最古級の前方後円墳! 卑弥呼の墓では? という説も
- 近くにある纒向(まきむく)遺跡とセットで見学がおすすめ
- さきたま古墳群(埼玉県)
- 関東地方最大級の古墳群
- 「丸墓山古墳」は上に登ることができ、絶景が楽しめる
これらのスポットを訪れれば、 前方後円墳がどんなものかを実際に体感できる ので、ぜひ歴史好きの方は行ってみてくださいね!
総括:前方後円墳なぜ作られたかまとめ
最後に、本記事のまとめを残しておきます。
✅ 前方後円墳とは?
- 3世紀後半~7世紀頃に作られた鍵穴型の古墳(お墓)
- 大和政権の権力者や豪族が埋葬された
✅ 前方後円墳が作られた理由
- 権力の象徴 … 大王や豪族が権力を誇示するため
- 宗教的な意味 … 亡くなった王を神として祀る
- 政治的な役割 … 豪族をまとめ、戦争を減らすため
- 治水のため … 周りの堀を農業用のため池として活用した説も
- 形の由来 … 弥生時代の墳丘墓+中国思想の影響
✅ 前方後円墳の構造
- 後円部(埋葬スペース)
- 前方部(儀式を行う場所)
- 周濠(守りやため池の役割)
- 埴輪(亡くなった人を守るための土製像)
✅ 代表的な前方後円墳
- 仁徳天皇陵古墳(大阪) … 全長486m、世界最大級
- 箸墓古墳(奈良) … 卑弥呼の墓との説もあり
- さきたま古墳群(埼玉) … 関東最大級の古墳群
✅ 前方後円墳が作られなくなった理由
- 天皇の埋葬方法が変化 … 方墳・八角墳が主流に
- 律令制度の導入 … 中央集権国家になり、豪族の力が低下
- 火葬の普及 … 土を盛る巨大な墓が不要になった
✅ 前方後円墳は今も見られる!おすすめ見学スポット
- 仁徳天皇陵古墳(大阪府)
- 箸墓古墳(奈良県)
- さきたま古墳群(埼玉県)
