今日は「大正時代の夫婦生活」について、一緒に学んでいきましょう。
大正時代といえば、今から100年くらい前の日本。明治時代よりも少し自由な雰囲気が出てきた時代ですが、今とくらべるとびっくりするような生活スタイルがたくさんありました。
「当時の結婚年齢は何歳だったの?」
「夫婦ってどんな風に暮らしていたの?」
そんな疑問を、塾長がわかりやすく説明していきますよ。昔の夫婦の生活を知ると、現代とのちがいも見えてくるので、ぜひ最後まで読んでくださいね!
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大正時代の夫婦生活の特徴:夫婦のかたち
大正時代の夫婦生活は、今とはちがって「家制度」がとても大きな力を持っていました。「夫婦」といっても、ふたりだけの自由な関係というよりは、「家の中の役割」をしっかり守ることが大切だったのです。
ここでは、そんな当時の夫婦の暮らし方をくわしく見ていきましょう。
夫婦生活の特徴は家制度!親が決めた結婚と同居スタイル
大正時代の結婚は、自分の気持ちよりも「家のため」が大切にされていました。多くの人は親が決めた相手と結婚し、恋愛してから結婚する人はとても少なかったのです。
また、結婚したらすぐに夫の実家で暮らすのが普通で、おじいちゃんやおばあちゃん、兄弟とも一緒に住む「大家族」が多かったです。家族みんなで生活する中で、嫁としての役目を果たすことが求められていました。
結婚は家の人間関係の一部であり、夫婦ふたりだけの問題ではなかったのです。
妻の役割は「良妻賢母」!家事と子育てが女性の使命
大正時代の女性は「良妻賢母(りょうさいけんぼ)」、つまり「よい妻で、かしこい母であるべき」と教えられていました。そのため、結婚した女性は料理・洗濯・掃除などの家事をこなし、子どもができたら育てることが仕事になりました。
当時はまだまだ男尊女卑(だんそんじょひ)という考えが強く、女性は家の中でおとなしくしているのが当たり前でした。「夫に尽くすことが妻のしあわせ」とされ、自由な働き方や発言の場も少なかったのです。
それでも、女性たちは家族を守るために毎日一生けん命がんばっていたのですね。
夫の役割は家の外で稼ぐこと
夫は「外で働いてお金をかせぐ人」という役割がありました。
工場や会社、農業や商売などで一日中働き、家に帰ると「一家の主(あるじ)」としてえらい立場に立っていました。
そのため、家の中ではあまり家事や育児に関わらないのが普通でした。夫婦でたくさん会話をしたり、気持ちを伝え合ったりする文化はあまりなく、「黙って従う」のが理想とされたのです。
今のように夫婦で協力するというよりも、役割をしっかり分けて生活していたことが分かります。
大正時代は「愛のない結婚」でも徐々に恋が芽生えることもあった
「愛のない結婚」という言葉がぴったりの時代でもありました。見合いや親の決めた相手と結婚するため、最初は好きでもない相手と夫婦になることが多かったのです。
でも、だからといって冷たい関係ばかりではありません。少しずつ相手の人柄を知り、おたがいに思いやりを持つようになって「恋が始まる」こともありました。
実際に、大正時代の漫画やエピソードの中には、「結婚してから恋が始まった」夫婦の物語もあります。形だけではない、心が通う夫婦もいたことがわかりますね。
離婚は「恥」とされた時代!妻の立場が弱く我慢するしかなかった
大正時代では、離婚することはとても大きな「恥」だと考えられていました。特に女性が離婚すると、「出戻り女(でもどりおんな)」と呼ばれ、周りから冷たい目で見られることが多かったのです。
また、女性には仕事のチャンスが少なく、離婚後に生活していくのが大変でした。経済的にも社会的にも弱い立場にいたため、「つらい夫婦生活でも我慢するしかない」という現実がありました。
「離婚できない時代」というのは、今のような自由な選択ができなかったことを意味しています。
大正時代の夫婦生活:結婚年齢は何歳?当時の結婚事情
大正時代の人たちは、今とくらべるとずいぶん若いうちに結婚していました。では、なぜそんなに早く結婚していたのでしょうか?ここでは、当時の平均結婚年齢や、結婚のかたち、そして恋愛事情まで、いろんな視点からくわしく見ていきましょう!
結婚年齢は女性が15〜18歳で男性が20代前半
大正時代の結婚年齢は、今とちがってとても早かったです。女性は15歳〜18歳ごろ、男性は20歳前後で結婚することが普通でした。これは当時の国の統計にも出ていて、今では大学に通っているような年齢で、すでに家庭を持っていたのです。
今のように「恋愛して、長く付き合ってから結婚する」わけではなく、「決められた相手と、ある程度の年齢になったら結婚する」という流れが一般的でした。
特に女性は若いうちに結婚するのが「親孝行」とされていたので、早婚が当たり前の時代だったのですね。
なぜこんなに若かった?「早婚」が普通だった背景
早婚が当たり前だった理由には、いくつかの背景があります。まずひとつは「家の事情」。家の後継ぎや親どうしのつながりを守るため、早く結婚させるのが良いとされていました。
また、教育制度がまだ発展しておらず、今のように高校や大学に通う人が少なかったため、15〜16歳になると「もう大人」と見なされていたのです。働き手としての期待もあり、特に女性は「家に入って家事をする」ことが仕事のように思われていました。
さらに、長く生きられる人が少なかった時代背景もあり、早く結婚して子どもを育てることが重視されていたのです。
「見合い結婚」が主流!恋愛よりも家の都合が優先
大正時代の結婚は、ほとんどが「見合い結婚」でした。つまり、自分の気持ちよりも親や親せきが決めた相手と結ばれることが多かったのです。
「恋愛結婚」は今ほど当たり前ではなく、むしろ「恋をすること」はちょっと恥ずかしいこととされる場合もありました。相手と結婚式までほとんど会わないこともよくあり、「どんな人か分からないまま結婚する」というケースも多かったのです。
「結婚は家と家をつなぐもの」という考えが強く、ふたりの愛情よりも、家のつながりが優先されていたのですね。
大正デモクラシーの影響:一部では恋愛結婚も登場
とはいえ、大正時代は少しずつ自由な考え方が広まってきた時代でもありました。「大正デモクラシー」とよばれる風潮の中で、教育を受ける女性も増え、「自分で結婚相手を選びたい」と考える人が出てきたのです。
たとえば、作家の柳原白蓮(やなぎわら・びゃくれん)は、家の決めた結婚に逆らい、自分の愛する人と駆け落ちしました。このように、自由な恋愛を選んだ女性たちも現れ、少しずつ社会が変わりはじめたのです。
まだまだ少数派でしたが、「恋愛結婚」という新しい形が芽生えたのは、大正時代ならではの大きな特徴です。
「結婚=一生」だった時代に見える夫婦の覚悟と生き方
大正時代の結婚は、「一生をともにすること」が当たり前とされていました。離婚はとても少なく、「いちど結婚したら、どんなに大変でも添い遂げるべき」と考えられていたのです。
もちろん、中には不満やつらいことを抱えたまま結婚生活を続けていた人も多くいましたが、それでも「家のため」「子どものため」にがんばるのが美徳とされていました。
今とはちがい、簡単に「やめる」「別れる」という選択肢がなかったからこそ、夫婦はおたがいを支え合い、長い年月を一緒に歩んでいくことに大きな意味があったのです。
総括:大正時代の夫婦生活&結婚年齢まとめ
最後に、本記事のまとめを残しておきます。
✅ 大正時代の夫婦生活の特徴
- 家制度が中心で、結婚は親が決めるのが一般的だった
- 結婚後は夫の実家で大家族と同居することが多かった
- 妻は「良妻賢母」として家事・育児を担うことが使命だった
- 夫は外で働き、家庭内では権威ある存在とされた
- 愛情のない結婚でも、結婚後に恋が芽生えることもあった
- 離婚は「恥」とされ、特に女性は経済的に厳しく離婚しにくかった
✅ 大正時代の結婚年齢
- 女性の結婚年齢は15〜18歳、男性は20代前半が一般的
- 早婚の背景には、家の都合・教育の未整備・短命化などがあった
- 見合い結婚が主流で、恋愛結婚は少数派だった
- 大正デモクラシーの影響で、一部では自由恋愛や駆け落ちも登場
- 結婚は「一生添い遂げるもの」とされ、夫婦は忍耐と覚悟が必要だった
