みなさん、時計を見て「今、何時?」と聞かれたらすぐに答えられますよね。
でも、江戸時代の人たちは「九つ」「八つ」といった不思議な言葉で時間を表していました。しかも、季節によって時間の長さが変わる「不定時法」というルールがあったのです。

今回は、江戸時代の時間の数え方を分かりやすく解説します!
「時の鐘」や「時そば」のお話も交えながら、昔の人たちの時間の考え方を楽しく学んでいきましょう。
江戸時代の時間の数え方:現代の時計との違い

江戸時代の時間の数え方は、現代の24時間制とはまったく違っていました。昼と夜を6等分して、それぞれの時間の長さが季節によって変わる「不定時法」が使われていたのです。
この仕組みを理解すると、昔の人々の暮らしが見えてきますよ!
江戸時代の時間の数え方は「不定時法」!現代の定時法とはどう違う?
現代では、1日は24時間と決まっていて、どの季節でも1時間の長さは変わりません。これを「定時法」といいます。
しかし、江戸時代では「不定時法」という仕組みが使われていました。不定時法では、日の出から日没までを「昼」、日没から日の出までを「夜」として、それぞれ6等分していました。
たとえば、夏は日が長いので昼の時間が長く、1刻の長さも長くなります。逆に、冬は日が短いので昼の1刻は短くなるのです。こうした仕組みのおかげで、江戸時代の人々は太陽の動きに合わせて自然なリズムで生活していました。
江戸時代の時刻表示「九つ」「八つ」って何時?数字が減る仕組みとは
江戸時代の時間は「九つ」「八つ」「七つ」…というように、数字が減っていく仕組みでした。たとえば、現在の深夜0時(午前0時)は「真夜九つ」と呼ばれていました。そして、そこから時間が経つごとに「八つ」「七つ」と減っていきます。
この数え方には「時の鐘」が関係しています。
当時、時刻を知らせるために寺院で鐘を鳴らしていました。真夜中の「九つ」では9回、次の「八つ」では8回…というように鐘を撞いたので、数字が減る方式が定着したのです。
この仕組みを知ると、江戸時代の時刻の読み方がグッと分かりやすくなりますね!
十二支と時刻の関係!「丑三つ時」は何時?
江戸時代では、時間を十二支(子、丑、寅…)で表す方法も使われていました。これは「十二時辰」と呼ばれ、1日を12の時間帯に分け、それぞれに十二支を当てはめたものです。
「丑三つ時」と聞くと、幽霊が出そうな怖いイメージがありますよね。これは、夜の「丑の刻」(午前1時~3時)の中でも特に深い時間(午前2時~2時30分頃)を指します。
また、正午(12時)は「午の刻」とされ、「午前・午後」という言葉の由来にもなっています。十二支の時刻は、江戸時代だけでなく、日本の文化に深く根付いているのです。
「おやつ」は江戸時代の時刻が由来?「八つ時」の食文化とは
「おやつ」という言葉は、江戸時代の「八つ時」(午後2時~4時頃)に由来しています。この時間帯にちょっとした食事をとる習慣があり、それが現代の「おやつ」の文化につながっているのです。
当時のおやつは、お団子やせんべい、焼き芋などの簡単な食べ物でした。甘いものが貴重だった江戸時代では、砂糖を使ったお菓子は特別なごちそうだったのです。
江戸時代の時刻表と現代時間の比較
江戸時代の時刻と現代の時間を比べてみましょう。
| 江戸時代の時刻 | 現代の時間(目安) |
|---|---|
| 真夜九つ(子の刻) | 23:00~1:00 |
| 夜八つ(丑の刻) | 1:00~3:00 |
| 暁七つ(寅の刻) | 3:00~5:00 |
| 明け六つ(卯の刻) | 5:00~7:00 |
| 朝五つ(辰の刻) | 7:00~9:00 |
| 昼四つ(巳の刻) | 9:00~11:00 |
| 昼九つ(午の刻) | 11:00~13:00 |
| 昼八つ(未の刻) | 13:00~15:00 |
| 夕七つ(申の刻) | 15:00~17:00 |
| 暮れ六つ(酉の刻) | 17:00~19:00 |
| 宵五つ(戌の刻) | 19:00~21:00 |
| 夜四つ(亥の刻) | 21:00~23:00 |
この表を見れば、江戸時代の時刻がどの時間にあたるのか一目で分かりますね!
江戸時代の時間の数え方:「時の鐘」と和時計の仕組み

江戸時代には、現代のように腕時計やスマホの時計がなかったため、人々は「時の鐘」や「和時計」を使って時間を知っていました。また、時間に対する考え方も現代とは大きく違っていました。
ここでは、江戸時代の時間の概念や文化について詳しく解説します。
「時の鐘」とは?江戸の人々はどうやって時間を知ったのか
江戸時代の人々が時間を知るための重要な手段が「時の鐘」でした。これは、各地の寺院で決まった時刻に鐘を鳴らして、人々に時間を知らせるものです。特に江戸では9か所の寺で鐘が撞かれ、「江戸を寝せたり起こしたり」と川柳にも詠まれました。
「時の鐘」は、もともと太鼓を打つ方法から始まりましたが、後に鐘の音の方が遠くまで届くため、鐘に変わっていきました。鐘を聞いて庶民は仕事を始めたり、店を開けたり、夜になれば家に帰る目安にしていました。
例えば、「明け六つ」(現在の午前6時ごろ)に鐘が鳴ると、町の門が開き、商人たちが活動を始めます。「暮れ六つ」(現在の午後6時ごろ)の鐘が鳴ると、店が閉まり、人々は帰宅の準備をしました。このように、江戸時代の人々の生活は、「時の鐘」の音とともに流れていたのです。
和時計の仕組み!「尺時計」「櫓時計」とは?
江戸時代には、「和時計」という日本独自の時計が発達しました。特に有名なのが、「尺時計」と「櫓時計」です。
① 尺時計とは?
「尺時計」は、長さを測る「尺」の目盛りがついた時計です。一刻(約2時間)を1尺(または2尺)として、細かく時間を測れるようになっていました。目盛りには「寸」「分」もあり、例えば「二寸五分」と書かれていると、今の時間でいう約30分を意味していました。
② 櫓時計とは?
「櫓時計(やぐらどけい)」は、城や寺の高い建物(櫓)に設置され、広範囲の人々に時間を知らせるための時計でした。大名や商人など、時間管理が必要な人々が使うことが多かったです。
また、「枕時計」という目覚まし時計のようなものもあり、夜間の時間を知るために使われていました。江戸時代の人々は、現代の時計と違って、不定時法に合わせて時間の長さを調節できる時計を工夫して作っていたのです。
江戸時代の「時間感覚」は現代とどう違う?
江戸時代の人々の時間の使い方は、現代と大きく異なっていました。現代では「1分1秒でも時間を守る」ことが求められますが、江戸時代は「おおよその時間」で動くことが普通でした。
例えば、商人や職人は「明け六つになったら店を開け、暮れ六つになったら閉める」という大まかな時間感覚で仕事をしていました。また、農民も「日が昇ったら働き、日が沈んだら休む」という生活スタイルでした。
時間に追われることなく、自然のリズムに合わせて暮らしていたのが江戸時代の特徴です。現代のように厳密なスケジュールに縛られることがなかったため、ストレスも少なかったのかもしれませんね。
「時そば」に学ぶ!江戸時代の時間の使い方
江戸時代の時間の考え方を知るうえで、落語「時そば」はとても良い例です。
「時そば」のあらすじ
ある男がそば屋でそばを注文し、食べ終わってお金を払うときに「今、何時だい?」と聞きます。そば屋が「九つ」と答えると、男はすかさず「十、十一、十二……」と数え、実際には16文払うべきところを15文だけ払ってごまかします。
これを見ていた別の男も、同じ方法でごまかそうとしますが、そば屋に聞いた時間が「四つ」だったため、逆に4文多く払ってしまう…というオチの話です。
この落語が面白いのは、「九つ」「四つ」という時刻の数え方が日常的に使われていたことを示している点です。時間を知る手段が限られていた時代だからこそ、人々はこうした知恵を使って生活していたのですね。
現代にも残る江戸時代の時間文化!ことわざや語呂合わせ
江戸時代の時間文化は、今でも私たちの生活に影響を与えています。たとえば、以下のような言葉や習慣は、江戸時代の時間の考え方から生まれました。
① 「丑三つ時」は怖い時間?
「丑三つ時」は、夜中の2時ごろを指し、幽霊が出やすい時間帯として有名です。これは、夜が最も暗く静かな時間であるため、怖い話と結びついたと考えられています。
② 「おやつ」は「八つ時」が由来
江戸時代の「八つ時」(午後2時~4時頃)に間食をとる習慣があり、これが現代の「おやつ」の語源となりました。
③ 「芝浜」の鐘の音と時間感覚
落語「芝浜」では、主人公が「明け六つ(午前6時)」の鐘を聞き間違えてしまう場面があります。江戸時代の人々にとって、「時の鐘」がいかに大切だったかが分かります。
④ 「正午」という言葉の由来
「正午(しょうご)」という言葉は、十二支の「午(うま)」の刻(午前11時~午後1時)から来ています。午の刻の真ん中、つまり現在の12時ちょうどを「正午」と呼ぶようになりました。
総括:江戸時代の時間の数え方まとめ
最後に、本記事のまとめを残しておきます。
- 江戸時代の時間の数え方は「不定時法」
- 昼と夜をそれぞれ6等分し、季節によって1刻の長さが変わる
- 現代の24時間制(定時法)とは異なり、太陽の動きに合わせた時間の概念
- 「九つ」「八つ」といった時刻の数え方
- 「九つ(ここのつ)」から始まり、一刻ごとに数字が減る方式
- 真夜中の「九つ(23時~1時)」から始まり、「八つ(1時~3時)」と続く
- 「時の鐘」の回数に由来し、鐘の音とともに定着
- 十二支を使った時間表記(十二時辰)
- 1日を12等分し、「子(ね)」「丑(うし)」などの干支を割り当て
- 「丑三つ時(午前2時~2時30分)」は特に有名で、怪談のイメージと結びつく
- 「午の刻(11時~13時)」が「正午」の語源になっている
- 江戸時代の時間の知り方
- 「時の鐘」:寺院で鐘を撞き、庶民に時間を知らせた(江戸では9か所)
- 「和時計」:不定時法に合わせた日本独自の時計(尺時計・櫓時計など)
- 「枕時計」:目覚まし時計のようなものも存在
- 江戸時代の時間感覚
- 厳密な時刻管理はなく、「おおよその時間感覚」で動いていた
- 商人や職人は「明け六つ」で開店、「暮れ六つ」で閉店するなど、自然に沿った生活
- ストレスが少なく、現代のような「分単位の厳密な時間管理」は不要だった
- 「時そば」に見る江戸時代の時間文化
- 落語「時そば」は、江戸時代の時刻の数え方を題材にした面白い話
- 時間を利用して、そばの代金をごまかすトリックが話の肝
- 現代にも残る江戸時代の時間文化
- 「丑三つ時」=午前2時ごろ、幽霊が出る時間として有名
- 「おやつ」=江戸時代の「八つ時(14時~16時)」の間食から生まれた
- 「芝浜」の鐘のエピソード=落語の中でも「時の鐘」は重要な役割を持つ
- 「正午」=十二支の「午(うま)」の刻(11時~13時)が由来
