鎌倉時代の人たちはどんな食事をしていたか知っていますか?

武士や庶民が食べていたものは現代とかなり違い、ご飯の種類や食事回数、さらにはおかずの内容まで大きな差がありました。戦場に出る武士の食事と、農民の食事ではどんな違いがあったのか?おにぎりはあったのか?飲み物は?

今日は塾長が「鎌倉時代の食文化」をみなさんに分かりやすく解説します!歴史のテストにも出る内容なので、しっかり読んで覚えてくださいね。

鎌倉時代の食事とは?武士と庶民の食事の違い

鎌倉時代の食文化は、現代とは大きく異なり、特に武士と庶民の食事には多くの違いがありました。食事の内容や回数、さらには使用する食材や調理法まで、身分によって大きく異なっていました。

今回は、そんな鎌倉時代の食事を、武士と庶民の違いを中心に解説していきます。

鎌倉時代の食事の基本|主食は玄米と麦飯だった?

鎌倉時代の人たちの主食は、お米が中心でした。しかし、現代のような白米ではなく、「玄米」や「麦飯」が食べられていました。なぜなら、白米はとても貴重で、精米する技術も今ほど発達していなかったからです。

特に、武士の間では「強飯(こわめし)」と呼ばれる、蒸した玄米がよく食べられていました。噛みごたえがあり、消化に時間がかかるため、腹持ちが良かったのです。

一方、農民や町人は、粟(あわ)・稗(ひえ)・麦などを混ぜた雑穀飯を食べていました。これは、米を年貢として納めなければならなかったため、自分たちが食べられるのは比較的安価な穀物だったからです。

また、お米が足りないときは、「お粥」にして食べることもありました。お粥にすることで量を増やし、少ないお米でも満腹感を得られる工夫をしていたのです。

鎌倉武士の食事|戦場でも食べられた「兵糧」とは?

鎌倉武士は戦場に出ることが多かったため、持ち運びやすい食べ物が必要でした。そのため、「兵糧(ひょうろう)」と呼ばれる携帯食を用意していました。

代表的な兵糧は、「干飯(ほしいい)」と「兵糧丸(ひょうろうがん)」です。干飯は、蒸した米を乾燥させたもので、戦場で水やお湯を加えてふやかして食べました。現代でいうと、アルファ米のようなものです。

一方、「兵糧丸」は、餅米・大豆・梅干し・胡麻などを練り固めた丸薬のような保存食で、戦場で手軽にエネルギーを補給できる食品でした。「戦いは体力勝負!」と言われるように、武士たちはこうした食事で力をつけていました。

庶民の食事は粗食だった?農民や町人の食生活とは

庶民の食事は、武士と比べて質素でした。特に農民は、自分たちが作ったお米を年貢として納める必要があったため、米よりも麦・粟・稗などの雑穀を食べることが多かったのです。

おかずもシンプルで、味噌汁や塩漬けの野菜、干物が基本でした。特に、味噌汁は栄養を摂取するために重要で、大根・里芋・ワカメなどを入れていました。現代のような肉や卵はほとんど食べられず、たんぱく源は主に「豆類」や「魚」でした。

また、おやつ代わりに焼いた麦を食べたり、梅干しや味噌をそのままかじることもありました。甘いものは非常に貴重で、蜂蜜を舐めたり、干し柿を食べることがぜいたくな楽しみだったのです。

鎌倉時代の食事回数|1日2食が基本だった?

鎌倉時代の人々は、現代のように1日3食ではなく、1日2食(朝餉と夕餉)が基本でした。これは、当時の仏教の影響が強く、「間食をしないことが良い」とされていたからです。

しかし、戦場に出る武士たちは話が別です。「腹が減っては戦ができぬ!」ということで、武士たちは「未の刻(昼8時頃)」に間食をとることがありました。この「未の刻の間食」が、現代の「おやつ(お八つ)」の語源になったともいわれています。

鎌倉時代の調味料|味噌・醤(ひしお)・塩が主流だった

鎌倉時代の食事の味つけは、現代と比べるととてもシンプルでした。調味料として主に使われていたのは、「味噌・醤(ひしお)・塩」の3つです。

  • 味噌:大豆を発酵させた調味料で、汁物や焼き味噌に使われた
  • 醤(ひしお):魚や大豆を発酵させたもので、今の醤油や魚醤のもと
  • :保存食作りや、味つけの基本

当時の味噌は現代よりも粒が荒く、甘みよりもしょっぱさが強かったと言われています。また、砂糖はまだ日本に伝わっておらず、甘味が欲しいときは蜂蜜や甘茶を使っていました。

鎌倉時代の食文化を詳しく解説!食事マナーや行事食

鎌倉時代の食事は、単なる栄養補給のためだけでなく、食事マナーや行事食の中にも多くの文化的意味が込められていました。武士の食事マナーや、特別な行事に食べられる「椀飯」など、当時の人々がどのように食文化を形成していったのかを見ていきましょう。

武士の食事マナー|座って食べるのが基本だった

鎌倉武士の食事マナーは、現代とは少し異なります。当時は椅子やテーブルがなかったため、床に座って食事をするのが普通でした。食事の際には、低い膳(ぜん)を使い、食器は木製や漆塗りのものが中心でした。

また、武士の食事は「静かに、素早く食べる」ことが重要視されました。戦国時代ほどではありませんが、食事中に無駄な話をせず、迅速に食べることが美徳とされたのです。「武士は食わねど高楊枝(たかようじ)」という言葉があるように、たとえ空腹でも、品格を保つことが求められました。

さらに、武士は「残さず食べる」ことを重視していました。これは、質素倹約の精神を大切にしていたからです。食べ物を大切にする文化は、鎌倉時代の武士たちの教えとして、現代にも受け継がれています。

鎌倉時代の祝い膳|「椀飯(おうばん)」とは?

鎌倉時代の武士や貴族たちは、特別な行事の際に「椀飯(おうばん)」と呼ばれる儀式的な食事をしていました。これは、現代でいう「宴会」にあたり、主君と家臣の結びつきを確認するための重要な食事だったのです。

椀飯では、大きな器に山盛りの飯を盛り、酒や豪華なおかずを添えるのが特徴でした。たとえば、焼き魚・貝類・漬物・味噌汁などが並び、時にはアワビや鯉の料理も登場しました。

この「椀飯」の文化が、現代の「大盤振る舞い」という言葉の由来になったと言われています。「大盤振る舞い」とは、惜しみなく料理をふるまうことを意味しますが、もともとは武士たちが主従関係を強めるために行った宴のことだったのです。

鎌倉時代の飲み物|どぶろくや蜂蜜酒が人気だった?

鎌倉時代の飲み物は、水やお茶、そして酒が中心でした。特に、濁酒(どぶろく)は庶民にも武士にも広く飲まれていました。

  • 濁酒(どぶろく):米と麹(こうじ)を発酵させた白く濁ったお酒で、当時の人々にとって貴重な飲み物でした。
  • 蜂蜜酒:蜂蜜を水で薄め、自然発酵させた甘いお酒。鎌倉時代の武士の間で珍重されていました。
  • お茶:禅宗の影響で、鎌倉時代にお茶を飲む文化が広まりました。現在の抹茶の原型ともいえるお茶が飲まれていたのです。

お酒は特に宴会や儀式で振る舞われ、武士たちは杯を交わしながら交流を深めました。しかし、飲みすぎは禁物。酔って失礼な態度をとることは、武士の恥とされていました。

禅宗の影響で普及した「精進料理」とは?

鎌倉時代には、禅宗の影響で「精進料理(しょうじんりょうり)」が広まりました。精進料理とは、肉や魚を使わず、野菜や大豆を中心とした料理のことです。

鎌倉幕府の時代には禅宗が流行し、僧侶たちが食べていた精進料理が武士たちにも広がりました。たとえば、有名な「けんちん汁(建長寺汁)」は、精進料理の一つとして誕生しました。これは、豆腐や野菜をたっぷり使った味噌汁で、今でも日本の家庭料理として親しまれています。

また、豆腐・饅頭(まんじゅう)・うどんといった食品も、この時代に中国から伝わり、精進料理の一部として取り入れられました。

鎌倉時代の食事が現代に与えた影響とは?

鎌倉時代の食文化は、現代の日本食に大きな影響を与えました。その中でも、特に重要なのが「味噌汁・納豆・漬物」の存在です。

  • 味噌汁:鎌倉時代にはすでに味噌汁が一般的に飲まれており、現代の食卓でも欠かせない一品です。
  • 納豆:当時の武士や庶民が食べていた発酵食品。鎌倉時代にはすでに「健康に良い食べ物」とされていました。
  • 漬物:保存食として欠かせない存在。庶民の食卓には必ず漬物がありました。

また、「おやつ」という言葉も、鎌倉時代に生まれたと言われています。武士が戦場で食べる間食(未の刻=昼8時頃)を「お八つ」と呼んだことが語源になったのです。

さらに、武士たちが食べていた「兵糧(ひょうろう)」の考え方は、現代の非常食や携帯食にも影響を与えています。鎌倉時代の食文化は、今でも私たちの暮らしの中に息づいているのです。

総括:鎌倉時代の食事まとめ

最後に、本記事のまとめを残しておきます。

1. 鎌倉時代の主食

  • 武士は 玄米(強飯) を食べていた。
  • 庶民は 麦・粟・稗などの雑穀 が主食だった。
  • 白米は貴重で、ほとんど食べられていなかった。
  • 米が足りないときは お粥 にして食べる工夫をした。

2. 武士の戦場食(兵糧)

  • 干飯(ほしいい):蒸した米を乾燥させたもので、水やお湯で戻して食べた。
  • 兵糧丸(ひょうろうがん):餅米・大豆・梅干し・胡麻などを練り固めた保存食。
  • 戦場で素早くエネルギー補給できる工夫がされていた。

3. 庶民の食事(農民・町人)

  • 雑穀飯 が中心で、米は年貢として納めていた。
  • おかずは 味噌汁・漬物・干物 など質素なもの。
  • たんぱく源は主に 豆類・魚(肉はほとんど食べなかった)。
  • 甘いものは貴重で、蜂蜜や干し柿 で代用。

4. 食事回数

  • 1日2食(朝餉・夕餉)が基本 だった。
  • 戦場の武士は 「未の刻(昼8時頃)」に間食 をとることも。
  • 「おやつ(お八つ)」の語源は鎌倉時代から。

5. 調味料と味付け

  • 主に 味噌・醤(ひしお)・塩 を使用。
  • 砂糖はなく、甘みは 蜂蜜や甘茶 で補っていた。
  • 味噌汁や焼き味噌が重要な食事の一部だった。

6. 武士の食事マナー

  • 床に座って食べる のが基本。
  • 静かに、素早く食べる ことが美徳とされた。
  • 武士は食わねど高楊枝」の精神で、品格を大切にした。

7. 行事食(椀飯)

  • 椀飯(おうばん) という宴会文化があった。
  • 山盛りの飯に、酒や豪華なおかずを添えた。
  • 大盤振る舞い」の語源にもなっている。

8. 飲み物

  • 濁酒(どぶろく):米と麹を発酵させた酒。庶民や武士に広く飲まれた。
  • 蜂蜜酒:武士の間で人気の甘い酒。
  • お茶:禅宗の影響で普及し、現代の抹茶の原型となった。

9. 精進料理の普及

  • 禅宗の影響で 肉や魚を使わない精進料理 が広まった。
  • けんちん汁(建長寺汁) はこの時代に誕生した。
  • 豆腐・うどん・饅頭 などが中国から伝わり、食文化に定着。

10. 現代に残る鎌倉時代の食文化

  • 味噌汁・納豆・漬物 は鎌倉時代から続く食文化。
  • 「おやつ」の語源 は武士の戦場食からきている。
  • 兵糧(ひょうろう)の概念 は現代の非常食や携帯食に影響を与えた。