みんなは「南蛮貿易(なんばんぼうえき)」って聞いたことがありますか?

これは戦国時代から江戸時代初期にかけて、日本がポルトガルやスペインと行っていた貿易のことです。実は、鉄砲やカステラ、ガラス製品など、今の日本の文化にも影響を与えたものがたくさんあります。

今回の記事では、南蛮貿易で日本に入ってきたもの(輸入品)日本から海外に送られたもの(輸出品)を、塾長がわかりやすく解説します!

歴史のテストにも役立つので、しっかり読んでいってくださいね。

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南蛮貿易の輸入品・輸出品:日本にもたらされたもの

南蛮貿易では、日本にいろいろなものが伝わりました。その中には食べ物、武器、日用品、文化まで含まれています。

では、日本にどんなものが入ってきたのか、一つずつ見ていきましょう!

南蛮貿易の輸入品一覧!日本に入ってきた品々

南蛮貿易を通じて、日本にはヨーロッパ・中国・東南アジアからさまざまな品物が入ってきました。

  • ヨーロッパからの輸入品 → 鉄砲・ガラス製品・時計・めがね・ワイン・オリーブ油
  • 中国からの輸入品 → 生糸・絹織物・陶磁器・薬品
  • 東南アジアからの輸入品 → 香辛料(コショウ・クローブ・ナツメグ)・象牙・珍しい果物(マンゴー・パイナップル)

特にヨーロッパからの鉄砲やガラス製品は、戦国時代の日本に大きな影響を与えました。南蛮貿易は単なる貿易ではなく、日本の文化や生活を変える大きなきっかけになったのです!

南蛮貿易で輸入された鉄砲!種子島から広がった軍事革命

みんなが歴史の教科書で一度は見たことがある「種子島(たねがしま)」。

ここに鉄砲が伝わったのは1543年のこと ですポルトガル人が乗った中国の船がたまたま種子島に流れ着き、そこで鉄砲(火縄銃)を伝えました。

戦国時代の大名たちはこの新しい武器に驚き、すぐに大量生産を始めました。これによって、戦い方が大きく変わり、戦国時代の終わりを早める原因の一つになったと言われています。

南蛮菓子の誕生:カステラ・金平糖・ビスケットが伝来した経緯

カステラ」や「金平糖(こんぺいとう)」って聞いたことありますよね?実はこれらのお菓子は、南蛮貿易を通じてポルトガルから日本に伝わりました!

  • カステラ → 卵と砂糖をたっぷり使ったふんわりしたケーキ
  • 金平糖 → ポルトガル語の「コンフェイト」が語源の甘い砂糖菓子
  • ボーロ → 小麦粉・卵・砂糖を混ぜて焼いたクッキーのようなもの

戦国時代の武将織田信長は甘党だったことでも知られていて、金平糖をもらったときにとても喜んだそうです!

南蛮貿易がもたらした日本の食文化

南蛮貿易を通じて、食材もたくさん伝わりました。その中でも特にトウモロコシ・ジャガイモ・サツマイモは日本の農業に大きな影響を与えました。

  • トウモロコシ → 江戸時代には全国に広がり、主に家畜のエサとして利用された
  • ジャガイモ → 長崎に伝わり、のちに北海道で大量栽培されるように
  • サツマイモ → もともと中国から伝わり、江戸時代に薩摩(現在の鹿児島県)で栽培が盛んに

特にサツマイモは、飢饉(ききん)の時に人々の命を救った作物として知られています!

南蛮貿易とキリスト教の布教!宣教師がもたらした新たな文化と衝突

南蛮貿易とともに、日本にはキリスト教も伝わりました。1549年、フランシスコ・ザビエルという宣教師が日本にやってきて、布教活動を始めました。

当時、大友宗麟(おおともそうりん)などの大名がキリスト教を受け入れ、南蛮文化が広がりました。しかし、豊臣秀吉や徳川家康はキリスト教を「日本を植民地にするための手段では?」と疑い始め、キリスト教は禁止されてしまいました。

これが、後に鎖国へとつながっていくのです…。

南蛮貿易の輸入品・輸出品:日本から海外に渡ったもの

南蛮貿易では、日本がヨーロッパや中国、東南アジアに輸出した品物もたくさんありました。戦国時代や江戸時代の日本には世界でもトップクラスの貴重な資源があったのです!

ここでは、当時の日本が海外に輸出したものを詳しく見ていきましょう。

南蛮貿易の輸出品一覧!日本から出ていった主な商品は?

日本から輸出されたものの中でも特に重要だったのは銀(ぎん)です!

  • 銀(石見銀山など) → 当時の世界の銀の約1/3を日本が産出!
  • 日本刀 → 切れ味が鋭く、海外でも人気!
  • 硫黄(いおう) → 火薬の原料として重要!
  • 漆器(しっき) → 高級な装飾品としてヨーロッパで大人気!
  • 海産物(干しアワビ・昆布など) → 東南アジアや中国で珍重された

このように、日本には海外でも価値が高いものがたくさんありました。特に銀 は世界中で求められ、日本は「銀の大国」と呼ばれるほどでした。

世界を動かした銀!日本の石見銀山が果たした役割とは?

日本が南蛮貿易で最も多く輸出していたのが銀です。特に有名なのが石見銀山(いわみぎんざん・現在の島根県)です。

戦国時代、日本の銀は中国やポルトガル、スペインなどの貿易の中心になりました。特にスペインは南米で大量の銀を採掘していましたが、日本の銀も同じくらい重要視されていました。

なぜ日本の銀がそんなに価値があったのか?
➡中国では銀が税金の支払いに使われていた からです!日本の銀は、ポルトガル商人によって中国に運ばれ、その見返りに生糸や陶磁器などが手に入ったのです。

日本の銀がなければ、南蛮貿易そのものが成り立たなかったと言っても過言ではありません!

日本刀は海外でも大人気!サムライ文化の象徴だった?

戦国時代にヨーロッパ人が驚いた日本の武器があります。それが日本刀です!

日本刀は、

よく切れる!
丈夫で壊れにくい!
見た目が美しい!

という特徴があり、南蛮人(ポルトガル人やスペイン人)たちも珍しい武器として手に入れたがっていました。特に、東南アジアや中国の大商人が買い取って武器として活用したと言われています。

実際、日本刀は大航海時代の交易品の一つとなり、当時の貿易船に大量に積まれていたそうです。日本刀は今でも世界中のコレクターに人気があり、日本の職人技が光る逸品として評価されています!

漆器がヨーロッパで大ブーム!「ジャパン」と呼ばれた日本の工芸品

「ジャパン(Japan)」という言葉は、日本を意味する英語ですが、実は昔、ヨーロッパでは「ジャパン」と言えば日本の漆器(しっき)のことを指していました!

漆器とは、木製の器や家具に漆(うるし)を塗って仕上げたものです。日本の漆器は、丈夫で美しく、特にヨーロッパの貴族たちの間で大人気になりました。

ポルトガル人やスペイン人は、日本の漆器をたくさん買い付けてヨーロッパへ持ち帰りました。その影響で、ヨーロッパでは日本風のデザインが流行し、「漆を使った工芸品のことをジャパンと呼ぶようになった」のです。

漆器は日本の職人技が詰まった素晴らしい工芸品で、今でも世界中で高く評価されています!

南蛮貿易の終焉!なぜ日本は鎖国を選んだのか

南蛮貿易は、多くの輸入品と輸出品を生み出しましたが、最終的に日本は鎖国(さこく)を選びました。

なぜ鎖国したの?
1️⃣ キリスト教の広がりが幕府にとって危険だった!
2️⃣ スペインやポルトガルが植民地化を狙っていると疑われた!
3️⃣ 貿易を幕府がコントロールしたかった!

1639年、江戸幕府はポルトガル人の日本への渡航を禁止し、南蛮貿易は完全に終了しました。その後、日本はオランダや中国との貿易のみを続ける「鎖国」を開始し、200年以上にわたって外国との関係を閉ざすことになります。

しかし、この鎖国政策によって、日本は独自の文化を発展させることができたとも言えます。

総括:南蛮貿易の輸入品・輸出品まとめ

最後に、本記事のまとめを残しておきます。

輸入品(日本に入ってきたもの)

  • 鉄砲 → 戦国時代の戦い方を変えた!
  • 南蛮菓子(カステラ・金平糖) → 甘いお菓子が大人気!
  • トウモロコシ・ジャガイモ・サツマイモ → 日本の農業を発展させた!
  • ガラス製品・時計・めがね → ヨーロッパの技術が伝わった!

輸出品(日本から出ていったもの)

  • 銀(石見銀山) → 世界の貿易の中心だった!
  • 日本刀 → 切れ味抜群で海外でも人気!
  • 漆器(しっき) → ヨーロッパの貴族に大ヒット!
  • 硫黄(いおう) → 火薬の原料として利用された!