今日は「尊王攘夷運動の中心人物」について分かりやすく解説します。幕末といえば、外国の圧力に対して「開国するか、それとも戦うか?」という大きな選択を迫られた時代でした。

その中で「尊王攘夷(そんのうじょうい)」という考えが生まれ、日本中の武士や志士たちが動き出したのです。

しかし「尊王攘夷運動を主導した人物は誰?」と聞かれると、なかなか答えにくいですよね。そこで今回は、尊王攘夷運動を推し進めた重要人物を詳しく解説していきます!幕末の歴史を学ぶうえで、テストにも出る大事な部分ですので、しっかり覚えていきましょう。

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尊王攘夷運動の中心人物一覧|主要人物と役割

尊王攘夷運動は、日本が欧米列強と対峙した時期に起こった重要な歴史的な運動です。この運動の中心人物たちは、幕末から明治維新にかけて日本の未来を切り開くために命をかけて戦いました。

ここでは、尊王攘夷運動に関わった主要な人物たちを紹介し、彼らがどのようにして日本の歴史を動かしたのかを解説します。

尊王攘夷運動の中心人物一覧表

まずは、尊王攘夷運動で活躍した人物を一覧表にまとめました!この表を見れば、どの藩の誰が活躍したのかが一目で分かります。

藩・立場人物名主な活動・役割
長州藩木戸孝允(桂小五郎)薩長同盟の立役者、倒幕運動を推進
高杉晋作奇兵隊を創設し、長州藩の軍事改革を主導
吉田松陰松下村塾を主宰し、多くの尊攘志士を育成
前原一誠戊辰戦争に参加、尊攘派のまとめ役
広沢真臣長州藩の外交交渉を担い、倒幕を推進
久坂玄瑞尊攘運動の急進派として活躍、禁門の変で戦死
井上馨長州藩の開国派だが、尊王攘夷運動に関与
伊藤博文長州藩の尊攘志士として活動し、後に開国派へ転向
薩摩藩西郷隆盛倒幕を推進、薩長同盟の立役者
大久保利通幕府打倒を推進し、明治政府の基盤を築く
小松帯刀薩摩藩の近代化を推進、倒幕運動に貢献
島津久光薩摩藩の実質的指導者、尊王攘夷派を弾圧
水戸藩藤田東湖尊攘思想の先駆者、思想面で大きな影響を与える
武田耕雲斎天狗党を率い、尊攘運動を展開
戸田忠太夫水戸藩の尊攘派として活動
土佐藩坂本龍馬薩長同盟を仲介し、倒幕を推進
武市半平太(瑞山)土佐勤王党を結成し、尊攘運動を推進
後藤象二郎大政奉還の実現に尽力
会津藩松平容保京都守護職として尊攘派を弾圧
公家・幕府側三条実美尊攘派の公家、七卿落ちの中心人物
岩倉具視尊王派として活動、後に倒幕を主導
橋本左内尊攘思想を持つが、開国派でもあった
その他横井小楠尊王攘夷運動に関与、開国派の思想家
清河八郎浪士組を結成し、尊王攘夷運動を推進
梅田雲浜尊攘派の志士、幕府に弾圧される

木戸孝允(桂小五郎)|長州藩の尊攘リーダー

木戸孝允(きどたかよし)、別名・桂小五郎(かつらこごろう)は、長州藩出身の武士で、尊王攘夷運動の中心人物です。もともとは攘夷(外国を追い払う)を強く主張していましたが、外国との戦争に敗れたことで開国へと考えを変え、最終的には幕府を倒す方向へ動きました。

彼の最も大きな功績は「薩長同盟」の締結です。当時、長州藩と薩摩藩は犬猿の仲でしたが、坂本龍馬の仲介によって同盟を結び、幕府に対抗する強力な勢力を作り上げました。この薩長同盟がなければ、明治維新は実現しなかったかもしれませんね。

高杉晋作|奇兵隊を率いた革命児

高杉晋作(たかすぎしんさく)は、長州藩の武士で、尊王攘夷運動の中でも特に行動力のある人物でした。彼の最大の功績は、「奇兵隊(きへいたい)」の創設です。奇兵隊は、武士だけでなく、町人や農民も参加できる画期的な軍隊でした。

長州藩が幕府から攻撃を受けた際、高杉晋作は奇兵隊を率いて戦い、藩内の保守派を倒して長州藩の方針を討幕へと導きました。彼がいなければ、長州藩は幕府に屈していたかもしれません。しかし、彼は若くして病に倒れ、幕末の激動を最後まで見届けることはできませんでした。

吉田松陰|尊王攘夷の思想的支柱

吉田松陰(よしだしょういん)は、長州藩の思想家であり、松下村塾(しょうかそんじゅく)という私塾を開いて、多くの若い志士を育てました。木戸孝允や高杉晋作、久坂玄瑞など、多くの尊王攘夷運動のリーダーたちが彼の教えを受けています。

吉田松陰「日本を強くするためには、外国に負けない力を持つことが大切だ」と説きました。そのため、最初は攘夷(外国を排除する)を主張していましたが、やがて幕府そのものが問題であると考えるようになりました。

しかし、幕府の弾圧により「安政の大獄(あんせいのたいごく)」で処刑されてしまいます。彼の死後も、その思想は弟子たちによって受け継がれ、明治維新へとつながっていきました。

久坂玄瑞|禁門の変で散った若き志士

久坂玄瑞(くさかげんずい)は、吉田松陰の弟子であり、尊王攘夷運動の急進派の中心人物でした。彼は特に「攘夷」を徹底しており、幕府や外国に対して強硬な姿勢を取りました。

1864年、久坂玄瑞は「禁門の変(きんもんのへん)」と呼ばれる戦いで幕府軍と戦いました。しかし、戦況が悪化し、長州藩の軍勢は敗北。久坂玄瑞は自ら命を絶ちました。彼の死によって、長州藩の尊王攘夷運動は一時的に衰退しましたが、その後の討幕運動へとつながっていきます。

尊王攘夷運動の中心人物一覧薩摩・土佐・公家

ここからは、長州藩以外の尊王攘夷運動を支えた重要人物を紹介します。薩摩藩や土佐藩、公家出身の人物たちがどのように倒幕へと動いていったのかを見ていきましょう。

西郷隆盛|薩摩藩を率いた討幕のリーダー

西郷隆盛(さいごうたかもり)は、薩摩藩(現在の鹿児島県)の武士で、幕末から明治維新にかけて大活躍した人物です。もともとは幕府の立場に理解を示していましたが、長州藩との戦い(禁門の変)を経て考えを変え、「幕府を倒して新しい国を作るべきだ」と考えるようになりました。

彼の最も大きな功績は、長州藩と手を組んで「薩長同盟(さっちょうどうめい)」を成立させたことです。これは、坂本龍馬と中岡慎太郎の仲介によって実現し、倒幕への大きな一歩となりました。その後、西郷隆盛は新政府軍の指揮を執り、戊辰戦争(ぼしんせんそう)を戦い抜きます。

明治維新後は政府の要職に就きましたが、新政府の方針に反発し、西南戦争を起こして最期を迎えました。彼の生き方は、今でも多くの人々に尊敬されています。

大久保利通|冷静な戦略家として維新を主導

大久保利通(おおくぼとしみち)は、西郷隆盛と同じく薩摩藩出身の武士で、幕末の尊王攘夷運動から明治維新後の政治改革に至るまで、大きな影響を与えた人物です。

彼は、西郷隆盛とともに幕府を倒す計画を練り、「武力倒幕」という選択肢を強く推しました。西郷が軍事面を指揮したのに対し、大久保は外交や政治面での交渉を担当し、岩倉具視(いわくらともみ)らとともに「王政復古の大号令(おうせいふっこのだいごうれい)」を実現しました。

明治政府の設立後は、新政府の基盤を築くために力を注ぎました。「廃藩置県(はいはんちけん)」を推進し、日本全国を中央集権国家へと変えていったのも大久保の功績です。彼の冷静な判断と行動力がなければ、日本の近代化はもっと遅れていたかもしれません。

武市瑞山(武市半平太)|土佐藩の尊王攘夷の象徴

武市瑞山(たけちずいざん)、通称・武市半平太(たけちはんぺいた)は、土佐藩の武士で、尊王攘夷運動を土佐藩で広めた中心人物です。

彼は、「土佐勤王党(とさきんのうとう)」を結成し、土佐藩内の尊王攘夷派をまとめあげました。坂本龍馬や中岡慎太郎も同じ土佐藩の出身ですが、武市半平太は彼らとは異なり、最後まで攘夷(外国排除)を貫きました。

しかし、藩内の保守派との対立が激しくなり、藩の政敵によって捕らえられ、最後は切腹を命じられました。もし彼が長生きしていたら、土佐藩の動きも変わっていたかもしれませんね。

坂本龍馬|薩長同盟を結んだ影の功労者

坂本龍馬(さかもとりょうま)は、土佐藩出身の志士で、「日本を変えたい!」という強い意志を持ち、尊王攘夷運動とは少し異なるアプローチで活躍しました。

彼の最大の功績は、「薩長同盟」を仲介したことです。当時、犬猿の仲だった薩摩藩と長州藩を説得し、協力関係を築かせたのです。これがなければ、幕府を倒すことは難しかったかもしれません。

また、坂本龍馬は「船中八策(せんちゅうはっさく)」という政治改革の提言をし、日本の近代化の基盤を作ろうとしました。しかし、彼は1867年に京都の近江屋で暗殺され、その志は途中で絶たれてしまいました。

岩倉具視|朝廷を味方につけた公家

岩倉具視(いわくらともみ)は、武士ではなく「公家(くげ)」出身でありながら、尊王攘夷運動に大きな影響を与えた人物です。

もともと幕府寄りの立場でしたが、時代の流れを読み、倒幕派へと転じました。そして、公家としての立場を利用し、天皇を味方につけることに成功しました。彼の働きによって、1867年に「王政復古の大号令」が出され、江戸幕府は正式に終わりを迎えたのです。

また、明治維新後は「岩倉使節団(いわくらしせつだん)」を率いて欧米を視察し、日本の近代化に貢献しました。政治の表舞台には出ませんでしたが、陰で日本の未来を支えた人物です。

総括:尊王攘夷運動の中心人物一覧まとめ

最後に、本記事のまとめを残しておきます。

藩・立場人物名主な活動・役割
長州藩木戸孝允(桂小五郎)薩長同盟の立役者、倒幕運動を推進
高杉晋作奇兵隊を創設し、長州藩の軍事改革を主導
吉田松陰松下村塾を主宰し、多くの尊攘志士を育成
前原一誠戊辰戦争に参加、尊攘派のまとめ役
広沢真臣長州藩の外交交渉を担い、倒幕を推進
久坂玄瑞尊攘運動の急進派として活躍、禁門の変で戦死
井上馨長州藩の開国派だが、尊王攘夷運動に関与
伊藤博文長州藩の尊攘志士として活動し、後に開国派へ転向
薩摩藩西郷隆盛倒幕を推進、薩長同盟の立役者
大久保利通幕府打倒を推進し、明治政府の基盤を築く
小松帯刀薩摩藩の近代化を推進、倒幕運動に貢献
島津久光薩摩藩の実質的指導者、尊王攘夷派を弾圧
水戸藩藤田東湖尊攘思想の先駆者、思想面で大きな影響を与える
武田耕雲斎天狗党を率い、尊攘運動を展開
戸田忠太夫水戸藩の尊攘派として活動
土佐藩坂本龍馬薩長同盟を仲介し、倒幕を推進
武市半平太(瑞山)土佐勤王党を結成し、尊攘運動を推進
後藤象二郎大政奉還の実現に尽力
会津藩松平容保京都守護職として尊攘派を弾圧
公家・幕府側三条実美尊攘派の公家、七卿落ちの中心人物
岩倉具視尊王派として活動、後に倒幕を主導
橋本左内尊攘思想を持つが、開国派でもあった
その他横井小楠尊王攘夷運動に関与、開国派の思想家
清河八郎浪士組を結成し、尊王攘夷運動を推進
梅田雲浜尊攘派の志士、幕府に弾圧される