みなさんは、「滝沢馬琴」と「曲亭馬琴」という二つの名前を聞いたことがありますか?どちらも同じ人物を指しますが、なぜ二つの名前があるのでしょうか?
学校の教科書には「滝沢馬琴」と書かれていることが多いですが、実は本当の作家名は「曲亭馬琴」なのです。
この記事では、二つの名前の違いや由来を分かりやすく解説し、馬琴が残した代表作や、その影響について詳しく見ていきましょう!
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滝沢馬琴と曲亭馬琴の違いとは?名前の由来や歴史
江戸時代後期の作家である馬琴は、日本文学に大きな影響を与えました。しかし、彼の名前について混乱する人も多いのではないでしょうか?
ここでは、「滝沢馬琴」と「曲亭馬琴」の違いや、それぞれの名前がどのように使われていたのかを説明します。
滝沢馬琴と曲亭馬琴の違いは?ペンネームと本名の関係
「滝沢馬琴」は本名の「滝沢興邦(たきざわおきくに)」を基にした名前で、後の時代に広まった呼び方です。
一方、「曲亭馬琴(きょくていばきん)」は彼のペンネーム(作家名)で、彼自身が使っていた正式な名前でした。
江戸時代には、作家がペンネームを使うのが一般的でした。例えば、馬琴の師匠である「山東京伝(さんとう きょうでん)」や、同時代の作家「式亭三馬(しきてい さんば)」もペンネームで活動していました。
そのため、「曲亭馬琴」という名前は、作家としてのブランド名だったと言えます。
なぜ曲亭馬琴という名前を使ったのか?ペンネームの意味
「曲亭(きょくてい)」という言葉には、江戸時代の文化的な意味が込められています。
「曲(くるわ)」とは、遊郭(ゆうかく)を指す言葉で、「亭(てい)」は書斎や家を表します。つまり、「曲亭」とは「遊郭で生まれた文学」を意味しており、当時の流行や人々の関心を反映していました。
また、「馬琴(ばきん)」という名前にも意味があります。これは「馬(ば)」と「琴(きん)」を組み合わせたもので、「馬のように力強く、琴のように美しい文学を作る」という願いが込められていたと言われています。
このように、「曲亭馬琴」というペンネームには、江戸時代の遊び心と文学への情熱が込められていたのです。
滝沢馬琴の名前はいつから使われたのか?
「滝沢馬琴」という名前は、明治時代になってから広まった呼び方です。
当時、明治政府は教育制度を整え、教科書の表記を統一する方針を取りました。その際、本名である「滝沢興邦」に基づき、「滝沢馬琴」という名前が教科書に採用されたのです。
江戸時代には「曲亭馬琴」として活動していたため、彼自身が「滝沢馬琴」と名乗ったことはありませんでした。しかし、現在の日本では「滝沢馬琴」という名前のほうが一般的に使われています。
教科書ではどう書かれている?中学・高校での表記の違い
学校の教科書では、中学の歴史では「滝沢馬琴」と表記されることが多く、高校の日本文学史では「曲亭馬琴」と記載される場合があります。
これは、中学の歴史では本名が重視される一方、高校の文学史では作家としての名前(ペンネーム)が重視されるからです。
例えば、外国の作家も「本名」と「ペンネーム」を持っていることがあります。シャーロック・ホームズの作者「アーサー・コナン・ドイル」も、本名にはミドルネームが入っていますが、一般的には短くして使われています。
このように、作家名と本名の使い分けは、世界中で見られる現象です。
ペンネームの文化と他の作家の例
江戸時代の作家は、ほとんどがペンネームを使っていました。例えば、以下のような有名な作家もペンネームを持っています。
- 山東京伝(さんとう きょうでん):黄表紙や洒落本で有名な作家
- 式亭三馬(しきてい さんば):滑稽本の名手
- 十返舎一九(じっぺんしゃ いっく):『東海道中膝栗毛』の作者
このように、江戸時代の作家にとって、ペンネームは作品のブランド名であり、読者に覚えてもらいやすいものだったのです。
そのため、「曲亭馬琴」という名前も、彼の文学活動を象徴する重要な名前だったのです。
滝沢馬琴と曲亭馬琴の違いの後に:代表作と何をした人かを解説
馬琴は、江戸時代後期を代表する作家の一人であり、彼の作品は現在でも多くの人に読まれています。ここでは、彼の代表作や、どんな人物だったのかについて詳しく解説していきます。
馬琴の代表作『南総里見八犬伝』とは?あらすじと魅力
馬琴の代表作といえば、何といっても『南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)』です。これは、日本文学史上でも最長クラスの小説で、1814年から執筆が始まり、完成したのは1842年、実に28年もの歳月をかけて作られました。
『南総里見八犬伝』のあらすじ
物語は、室町時代の安房(現在の千葉県)にあった里見家を舞台に、主人公たちがさまざまな試練を乗り越えて成長していくストーリーです。伏姫(ふせひめ)という女性が、神犬・八房(やつふさ)と共に山にこもり、その後、8つの珠を残して命を絶ちます。
その珠は、それぞれ「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の文字を持ち、全国に散らばった8人の英雄たち(八犬士)がこの珠に導かれ、里見家の再興を目指して戦うという壮大な物語です。
『椿説弓張月』とは?もうひとつの名作を紹介
馬琴のもう一つの代表作として『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』があります。これは、源為朝(みなもとのためとも)という武士を主人公にした伝奇小説で、1807年から1811年にかけて発表されました。
『椿説弓張月』のあらすじ
主人公の源為朝は、弓の名手であり、戦乱の末に伊豆大島に流されます。しかし、そこでさまざまな冒険を繰り広げ、最終的には琉球(現在の沖縄)で王となるという物語です。
この作品は、西洋のファンタジー作品にも匹敵するスケールの大きさと、伝説と史実が融合した独特の世界観が特徴です。また、挿絵を葛飾北斎が担当したことで、ビジュアル的にも魅力のある作品になりました。
馬琴が日本初の職業作家だった理由とは?
馬琴は、日本で初めて小説の執筆だけで生計を立てた作家と言われています。
当時の作家の多くは、別の仕事をしながら執筆を行っていましたが、馬琴は「潤筆(じゅんぴつ)」と呼ばれる執筆料の仕組みを確立し、小説家としての地位を高めました。
また、彼は読者の意見を非常に大切にし、読者の人気を反映させながら物語を続けるという手法を取りました。これにより、彼の作品は常に話題となり、多くの人に読まれ続けたのです。
現代でいうと、連載漫画家のようなスタイルを取っていたとも言えますね。
馬琴が失明しても執筆を続けたエピソード
馬琴の人生でもっとも有名なエピソードの一つが、彼が失明しても小説の執筆を続けたことです。
彼は『南総里見八犬伝』の執筆途中で目が見えなくなってしまいました。しかし、どうしても作品を完成させたいという強い意志を持っていた馬琴は、自分の息子の妻(嫁)であるお路(みち)に口述筆記を頼みました。お路は、馬琴の言葉を聞き取り、忠実に書き写し続けました。
当時の日本では、女性が学問に携わることは少なかったため、お路の役割は非常に珍しいものでした。しかし、彼女は馬琴のそばで学びながら、最終的には自ら筆名「曲亭琴童(きょくていきんどう)」を名乗るまでになりました。
このエピソードは、単なる「美談」ではなく、馬琴の執念と家族の支えがあったからこそ生まれたものなのです。
馬琴の影響を受けた作品や文化とは?
馬琴の作品は、後の日本文学やポップカルチャーに大きな影響を与えました。
例えば、現在でも『南総里見八犬伝』は、漫画やアニメ、映画、ゲームなどさまざまなメディアでアレンジされています。また、「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」という価値観が、日本の道徳観にも影響を与えています。
馬琴の影響を受けた作品例
- 『里見八犬伝』(1983年の映画):薬師丸ひろ子主演の時代劇映画
- 漫画『八犬伝―東方八犬異聞―』:馬琴の原作を元にした現代風のアレンジ
- アニメ『戦国BASARA』:馬琴の物語に影響を受けたキャラクター設定
このように、馬琴の作品は江戸時代から現代に至るまで、日本のエンタメ文化に深く根付いているのです。
総括:滝沢馬琴と曲亭馬琴の違いまとめ
最後に、本記事のまとめを残しておきます。
- 滝沢馬琴と曲亭馬琴は同一人物
- 「滝沢馬琴」は明治以降に広まった名前で、本名「滝沢興邦(たきざわおきくに)」に由来する。
- 「曲亭馬琴」は江戸時代に使っていたペンネーム(作家名)。
- ペンネーム「曲亭馬琴」の意味
- 「曲亭」は「遊郭(くるわ)」+「亭(書斎)」を意味し、当時の文学の流行を反映。
- 「馬琴」は「馬の力強さ」と「琴の美しさ」を表し、文学への情熱が込められている。
- 滝沢馬琴の名前が広まった理由
- 明治政府が教科書の表記を統一する際、本名に基づいて「滝沢馬琴」を採用した。
- 学校での表記の違い
- 中学の歴史教科書:本名に基づき「滝沢馬琴」と記載。
- 高校の文学史教科書:作家名として「曲亭馬琴」と表記されることが多い。
- 代表作
- 『南総里見八犬伝』:28年かけて執筆した長編伝奇小説。八犬士の冒険を描く。
- 『椿説弓張月』:源為朝が琉球の王になるまでの冒険を描いた伝奇小説。
- 日本初の職業作家
- 「潤筆(じゅんぴつ)」制度を確立し、小説家としての地位を確立。
- 失明後も執筆を続ける
- 視力を失った後も、息子の嫁「お路」に口述筆記を頼み、『南総里見八犬伝』を完結させた。
- 現代の文化への影響
- 映画、漫画、アニメ、ゲームなどに影響を与え、日本のポップカルチャーにも大きく貢献。
