今回は、明治時代の名将「秋山好古(あきやま よしふる)」の子孫について、分かりやすく解説していきます。
ドラマや小説『坂の上の雲』でもおなじみの秋山兄弟。その兄・好古の子孫は現在どこにいて、どんな生活をしているのでしょうか?「自衛隊にいる」というウワサも本当なのでしょうか?
加えて、好古の家族――お父さんや奥さん、そしてあの有名な弟・秋山真之(さねゆき)との関係についても詳しく見ていきましょう!
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秋山好古の子孫の現在は?自衛隊にいるって本当?
秋山好古の子孫は今、どこでどんな生活を送っているのでしょうか?
「自衛隊にいる」という噂の真相や、家系に関する知られざる情報を詳しく解説していきます!
秋山好古の子孫は現在!曽孫・秋山純一氏は自衛隊幹部だった
まず結論からお伝えします。秋山好古の子孫は、現在も存在しています!
特に注目されるのが、曽孫(ひまご)にあたる秋山純一(あきやま じゅんいち)さんという方です。この方はなんと、自衛隊の「三等陸佐(さんとうりくさ)」、つまり旧日本陸軍でいうところの「少佐」にあたる役職に就いていたことがわかっています。
この情報は、インターネット上でもいくつかの信頼できる書き込みや資料から確認されています。自衛官として国を守るという道を選んだのは、やはり曽祖父・秋山好古の精神を受け継いでいるからかもしれませんね。
まさに「日本騎兵の父」の血を引く者として、誇らしいですね!
秋山家はなぜ注目される?爵位を持たなかった理由
秋山好古はその偉大な軍功に比べて、あまり「華やかさ」がないと言われることがあります。その理由の一つが、「爵位(しゃくい)をもらっていない」という点です。
当時の明治政府では、大きな功績がある人物には「華族(かぞく)」として爵位を与える制度がありました。でも秋山好古は、それをあえて受け取りませんでした。「一生現役、働いて奉公する」という信念があったからです。
その結果、秋山家は「貴族の家系」として大きく取り上げられることが少なく、子孫の名前も公になりにくかったのです。それに加えて、子孫の方々が目立った活動をしていなかったこともあり、一般の人にとっては情報が少なく感じられるかもしれません。
直系子孫はどこに?現代に残る子孫の生活や職業
では、秋山好古の「直系」の子孫は今どうしているのでしょうか?
現時点で明確に公表されているのは、先ほど紹介した秋山純一さんです。自衛隊で勤務されていたということ以外の情報は少ないのですが、一般社会において目立たず、静かに生活されている可能性が高いです。
好古の家系は、あまり「名家」としてマスコミなどに出ることがなかったため、プライベートが守られてきたのかもしれませんね。今もきっと、ご先祖の名に恥じぬ生き方をされているのだと思います。
秋山真之の子孫もすごい!孫は参議院議員・大石尚子氏だった
弟・秋山真之の子孫も、驚くような人物がいます。その一人が、大石尚子(おおいし なおこ)さん。この方は、2000年から2012年までのあいだ、参議院議員を3期務めた実力派政治家なんです!
大石さんは、秋山真之の娘の子、つまり「孫」にあたる人物です。秋山真之は「日本海海戦」で有名な海軍参謀。その孫が政治家として日本の未来を担っていたなんて、すごいですよね!
秋山家の家系図を簡単に!好古・真之兄弟の子孫のつながりとは
ここで、秋山家の家系図をざっくり解説しておきましょう。
秋山好古と秋山真之は、愛媛・松山藩の下級武士、秋山平五郎の息子として生まれた兄弟です。兄・好古は騎兵隊の創設者、弟・真之は連合艦隊の参謀として活躍しました。
好古は旧旗本の娘・佐久間多美さんと結婚し、複数の子どもをもうけました。
その血筋が続いて、現在の秋山純一さんにまでつながります。
一方、真之は宮内省の役人の娘・稲生すゑさんと結婚。娘が生まれ、その子(つまり孫)が大石尚子さんです。このように、秋山兄弟の子孫は、今も日本のどこかでしっかりと生きているのですね!
秋山好古の子孫の現在の後に:家族構成を解説
さてここからは、秋山好古という人物の“家族”にフォーカスしていきましょう。
父や弟、奥さん、そして子どもたちとのエピソードには、彼の性格や考え方が色濃く表れています。塾長が一つずつ分かりやすく解説していきますね!
秋山好古の父・秋山平五郎はどんな人か
秋山好古の父は、松山藩の下級武士だった「秋山平五郎(あきやま へいごろう)」という人物です。江戸時代の終わりから明治のはじめにかけては、武士の身分が一気に崩れていった時代。平五郎さんも例外ではなく、生活はとても苦しかったそうです。
次男の真之が生まれたとき、あまりに家が貧しかったため、「この子は育てられない。お寺に預けよう」とまで考えたほど。
でも、当時まだ10歳だった兄・好古が「それはかわいそうだ。僕が勉強して、豆腐くらいのお金を稼いで面倒をみる」と宣言したんです。このエピソード、すごいですよね。幼い頃から責任感の強い兄だったことが分かります。
妻・佐久間多美はどんな女性だったか
秋山好古が結婚したのは、36歳のとき。現代の感覚では普通かもしれませんが、当時としてはかなりの晩婚でした。
お相手は旧旗本の娘「佐久間多美(さくま たみ)」さん。とても気品のある女性だったようです。多美さんによると、好古は意外にも着物のセンスにこだわりがあり、気に入ったものを着せると機嫌が良かったとか。なのに、自分の着物には無頓着で、襟が汚れた着物で人の家に出かけてしまうこともあったそうです。なんだかちょっとユニークな一面が見えてきますね。
好古が結婚を遅らせたのは、「家庭を持つと仕事に身が入らない」と考えていたから。まさに軍人らしいストイックな性格だったことが分かります。
弟・秋山真之との絆!兄が弟を育てた「坂の上の雲」の実話
兄・好古と弟・真之の兄弟愛は、「坂の上の雲」でも描かれている名シーンのひとつです。
弟・真之は、兄のおかげで東京に出て、立派な海軍軍人に育ちました。でも、兄は決して甘やかさず、かなり厳しく接していました。ある日、真之が雪の日に「下駄の鼻緒が切れている」と言うと、兄・好古は「裸足で行け!」と叱りつけたそうです。厳しすぎる!と思うかもしれませんが、それも弟を立派に育てたいという愛情の裏返しでした。
真之自身も「あれだけ厳しく育ててくれた兄のおかげで今の自分がある」と語っており、2人の絆の深さがよく分かるエピソードです。
息子や娘の存在と伝記に残された情報
では、秋山好古に子どもはいたのでしょうか? 答えは「はい」、彼には数人の子どもがいたことが記録に残っています。
ただし、子どもたちは政治家や有名な実業家になったわけではなく、静かに暮らしていたため、あまり表には出てきません。家族のプライバシーを大切にしたいという思いもあったのかもしれません。
現在知られている中では、子孫の一人・秋山純一さんが自衛隊に勤めていたことが確認されています。今も秋山家の血を引く方々が、どこかで真面目に、そして誠実に生きていらっしゃるのでしょう。
総括:秋山好古の子孫の現在まとめ
最後に、本記事のまとめを残しておきます。
秋山好古の子孫の現在
- 秋山好古の曽孫・秋山純一氏は、自衛隊の**三等陸佐(旧陸軍少佐)**を務めていた。
- 秋山好古は爵位を辞退しており、子孫が注目されにくい背景がある。
- 子孫たちは目立つ活動をしておらず、一般社会で静かに暮らしている可能性が高い。
- 弟・秋山真之の孫には、元参議院議員の大石尚子氏がいる。
- 秋山家の家系図では、兄・好古と弟・真之それぞれの家系が今も続いている。
秋山好古の家族構成
- 父・秋山平五郎は松山藩の下級武士で、生活は非常に苦しかった。
- 妻・佐久間多美は旧旗本の娘で、晩婚の夫・好古を支えた。
- 弟・秋山真之は兄・好古によって厳しく育てられ、そのおかげで出世した。
- 好古には数人の子どもがいたが、公にはあまり登場していない。
- 好古の教育観は「人間は貧乏がええ」という考えに表れている。