みなさん、こんにちは!塾長です。今日は、日本の歴史の中でも約400年も続いた「平安時代」について学んでいきますよ!

「平安時代は長すぎて、どの出来事がいつ起こったのか分からない……」なんて思ったことはありませんか?

そこで今回は、「平安時代の年表」を分かりやすくまとめ、テーマ別に詳しく解説していきます!また、テストによく出る語呂合わせも紹介するので、歴史が苦手な人も安心!

この記事を読めば、平安時代の出来事をしっかり覚えられますよ!

平安時代の年表一覧:主要な出来事を時系列で整理

平安時代は奈良時代の後、桓武天皇が都を平安京に移した794年から始まります。そこから約400年間の間に、多くの政治的な出来事や文化の発展がありました。

ここでは、平安時代の全体の流れをつかめる年表を紹介します!

平安時代の全体年表|794年~1185年の主要な出来事一覧

平安時代の出来事を、時系列でまとめました!
まずは大まかな流れをつかみましょう。

年号出来事
794年桓武天皇が平安京に遷都(平安時代スタート)
805年徳政論争と蝦夷征討
810年薬子の変と嵯峨天皇の即位
858年藤原良房が人臣初の摂政となる
1016年藤原道長が摂政になり、藤原氏の全盛期へ
1086年白河天皇が院政を開始
1156年保元の乱(天皇家と藤原氏の対立)
1159年平治の乱(平清盛が政権を握る)
1180年源平合戦が始まる(平家と源氏の戦い)
1185年壇ノ浦の戦いで源氏が勝利(平家滅亡)→平安時代終了

この年表を覚えるだけで、平安時代の流れがつかめます!

前期(794年~900年)|平安京遷都から藤原氏の台頭まで

平安時代の前半は、桓武天皇による政治改革や、天皇中心の統治が行われました。しかし、この時代の終わり頃から藤原氏が力を持ち始めます。

平安時代の政治の流れ(年表)

年号出来事
794年桓武天皇が平安京へ遷都
805年徳政論争(桓武天皇の政策見直し)
810年薬子の変(天皇の権力争い)
842年承和の変(藤原氏がライバルを排除)
858年藤原良房が摂政となり、藤原氏の権力が強まる

平安時代の初期は、天皇が直接政治を行っていましたが、次第に藤原氏が権力を握るようになりました。藤原良房が摂政となったことで、天皇を補佐する立場から実質的な支配者となり、以降「摂関政治」の時代が続きました。

中期(900年~1050年)|摂関政治と国風文化の隆盛

平安時代中期には、摂関政治が確立し、藤原氏が権力の頂点に立ちました。また、この時期には文化の発展も見られ、『源氏物語』の誕生など、日本独自の貴族文化が成熟していきます。

ここでは、政治・文化の重要な出来事を年表で整理します。

平安時代の政治・文化の流れ(年表)

年号出来事
901年菅原道真が大宰府に左遷(昌泰の変)
935年平将門の乱(関東で反乱発生)
1008年紫式部が『源氏物語』を執筆
1016年藤原道長が摂政に就任し、藤原氏の全盛期
1020年代摂関政治の最盛期

この時代のキーワードは「摂関政治」と「国風文化」です。

特に、藤原道長の「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」という歌は、藤原氏の絶頂期を象徴しています。

後期(1050年~1185年)|院政と武士の台頭

平安時代後期になると、貴族中心の政治から武士が力を持つ時代へと移行しました。特に院政の開始や源平合戦は、日本の歴史の大きな転換点となりました。ここでは、その流れを年表で整理します。

平安時代後期の政治・戦乱の流れ(年表)

年号出来事
1086年白河天皇が院政を開始
1156年保元の乱(天皇家と藤原氏の争い)
1159年平治の乱(平清盛が権力を握る)
1180年源頼朝が挙兵(源平合戦の始まり)
1185年壇ノ浦の戦いで源氏が勝利し、平家が滅亡

この時期の大きな変化は「院政の開始」と「武士の台頭」です。

1086年に白河天皇が院政を始めることで、天皇は退位後も権力を持ち続けるようになりました。しかし、その影響で朝廷内の権力争いが激化し、1156年には保元の乱が勃発。天皇家と藤原氏が対立し、勝利した後白河天皇と平清盛が力を持ちました。

その後、1159年の平治の乱では平清盛が勝利し、武士が政治の中心に躍り出ました。そして、1180年には源頼朝が挙兵し、源平合戦が始まります。

1185年の壇ノ浦の戦いで源氏が平家を滅ぼし、平安時代は終焉を迎えました。こうして、武士が実権を握る「鎌倉時代」へと時代が移っていくのです。

平安時代の重要文化・宗教・制度の変遷

平安時代には、日本独自の文化が花開き、宗教や制度にも大きな変化がありました。ここでは、文化・宗教・制度の発展を年表で整理しながら解説します!

年号出来事
927年延喜格式の制定(律令制の補強)
1008年頃紫式部が『源氏物語』を執筆
1020年藤原道長が法成寺を建立
11世紀頃武士団の形成が進む
12世紀前半『今昔物語』が成立
1180年源頼朝が挙兵し、鎌倉幕府成立への布石

平安時代は、政治の面では貴族社会が発展し、文化の面では日本独自の「国風文化」が栄えました。仏教も広がり、多くの寺院が建立されました。

特に、藤原道長の時代には寺院造営が盛んになり、華やかな貴族文化が誕生しました。また、文字の発展により、ひらがな・カタカナが使われるようになり、女性による文学作品も登場します。

平安時代の年表一覧の後に:重要な出来事を時系列で解説

平安時代の出来事をテーマごとに整理して、さらに詳しく解説していきます!

政治の流れ|平安時代の天皇・摂関政治・院政

平安時代は、天皇中心の時代から摂関政治・院政へと変化していきました。
ここでは、政治の流れを年表で見ていきましょう!

年号出来事
794年桓武天皇が平安京に遷都
858年藤原良房が摂政になる(人臣初の摂政)
1016年藤原道長が摂政となり、藤原氏の全盛期
1086年白河天皇が院政を開始
1156年保元の乱(院政の対立が激化)
1159年平治の乱(平清盛が権力を握る)

平安時代の前半では天皇が政治を行っていましたが、中期からは藤原氏の摂関政治が行われました。しかし、後半になると天皇が政治の主導権を取り戻そうとし、院政が始まります。

その結果、政治の混乱が起こり、最終的には武士が台頭する時代へと移っていきました。

戦乱の歴史|平安時代の戦いと政変年表

平安時代の後半になると、天皇・貴族・武士の争いが激しくなります。
戦乱の流れを年表で確認しましょう!

年号出来事
810年薬子の変(天皇の権力争い)
842年承和の変(藤原氏の政敵排除)
935年平将門の乱(関東での武士の反乱)
1156年保元の乱(天皇家・貴族の対立)
1159年平治の乱(平清盛が政権を握る)
1180年~1185年源平合戦(源氏と平家の戦い)

平安時代の戦乱は、貴族の争いから武士の争いへと変化していきました。
最後の戦い「壇ノ浦の戦い」で源氏が勝利し、平家が滅亡。この戦いが平安時代の終わりを決定づけました。

文化の発展|国風文化・貴族文化・宗教の年表

平安時代の文化は、日本独自の「国風文化」が発展した時期です。ここでは、文化の発展を年表で整理します。

年号出来事
9世紀後半かな文字の成立(漢字から発展)
905年『古今和歌集』が編纂される
1008年ごろ紫式部が『源氏物語』を執筆
1020年藤原道長が法成寺を建立
1124年中尊寺金色堂の建立
1164年平家納経の完成

平安時代の文化の特徴は、日本独自のものが発展したことです。「かな文字」の誕生により、『源氏物語』や『枕草子』などの文学が栄えました。

また、浄土教の広まりによって、法成寺や中尊寺金色堂などの阿弥陀仏を祀る寺院が建てられました。

武士の誕生と台頭|平安時代の武士団年表

平安時代の後半には、武士が勢力を拡大し、政治の中心に立つようになりました。武士の台頭を年表で見てみましょう!

年号出来事
10世紀源氏・平氏の登場(地方で武士団が形成)
935年平将門の乱(関東での反乱)
939年藤原純友の乱(瀬戸内海での海賊反乱)
1051年~1062年前九年の役(奥州での戦い)
1083年~1087年後三年の役(奥州での源氏の戦い)

最初は天皇や貴族の家来だった武士たちも、次第に力をつけ、最終的に平氏・源氏が政権を争う時代へと進みました。

この流れが、鎌倉時代へと続く「武士の世の中」の始まりとなります。

総括:平安時代の年表一覧まとめ

最後に、平安時代の主要な出来事の年表一覧をもう一度残しておきます。

年号出来事
794年桓武天皇が平安京に遷都(平安時代スタート)
805年徳政論争と蝦夷征討
810年薬子の変と嵯峨天皇の即位
858年藤原良房が人臣初の摂政となる
1016年藤原道長が摂政になり、藤原氏の全盛期へ
1086年白河天皇が院政を開始
1156年保元の乱(天皇家と藤原氏の対立)
1159年平治の乱(平清盛が政権を握る)
1180年源平合戦が始まる(平家と源氏の戦い)
1185年壇ノ浦の戦いで源氏が勝利(平家滅亡)→平安時代終了