こんにちは、塾長です!
今日は戦国時代の英雄・上杉謙信の死因について分かりやすく解説していきます。
「敵に塩を送る」「軍神」として知られる上杉謙信ですが、49歳の若さで突然亡くなりました。その死因については、脳出血が有力視されていますが、「毒殺されたのでは?」「実は女性だった?」など、面白い説もたくさんあるんです。
今回は、上杉謙信の死因について、さまざまな説を見ていきましょう。最後まで読むと、歴史がもっと面白くなるはずですよ!
上杉謙信の死因は脳出血?梅干・酒・塩は関係していた?

上杉謙信は1578年3月13日、春日山城のトイレで倒れ4日後に亡くなりました。
この死については多くの説がありますが、最も有力視されているのは「脳出血」です。ここでは、彼の死因とされる脳出血について詳しく解説しながら、関係していたと考えられる要因を紹介します。
上杉謙信の死因は「脳出血」が最有力説
上杉謙信の死因として最も可能性が高いのは「脳出血」です。
彼が亡くなった場所は春日山城の厠(かわや)、つまりトイレでした。当時のトイレは寒く、温度差が激しいため、血圧が急に上がることがありました。血圧が高いと血管が破れやすくなり、脳出血が起こるリスクが高まります。
また、謙信は普段からお酒をよく飲み、塩分の高い食事を好んでいたことが分かっています。これらの生活習慣が、高血圧を引き起こし、脳出血につながった可能性が高いのです。
上杉謙信の酒好きが脳出血を引き起こした?
上杉謙信は大のお酒好きでした。戦場でも「馬上盃(ばじょうはい)」という特別な盃を持ち歩き、馬に乗ったまま酒を飲むこともあったと言われています。
現代の研究では、毎日3合以上のお酒を飲む人は、脳卒中のリスクが高まることが分かっています。謙信が毎日どのくらいの量を飲んでいたかは分かりませんが、かなりの量を飲んでいた可能性が高いです。
さらに、お酒を飲みすぎると血圧が上昇し、血管がもろくなります。もし謙信が長年にわたって大量にお酒を飲んでいたとしたら、高血圧になっていても不思議ではありません。その結果、厠で血圧が急上昇し、脳出血を引き起こしたのではないかと考えられています。
梅干しや塩分の高い食事が高血圧を悪化させた?
謙信は、酒の肴として「梅干し」をよく食べていたと言われています。梅干しには塩分がたっぷり含まれていますが、実は塩分を摂りすぎると血圧が上がりやすくなります。
また、当時の武将は保存がきく塩辛い食べ物(干物や味噌)を好んでいました。謙信も例外ではなく、普段から塩分の多い食事をしていた可能性が高いです。
塩分を多く摂ると、血液中のナトリウム濃度が上がり、血管に負担をかけます。その結果、血管がもろくなり、脳出血を引き起こしやすくなります。つまり、謙信が好んで食べていた梅干しや塩辛い食事が、死因に大きく関係していた可能性があるのです。
ヒートショックが死を誘発?寒冷地・越後の気候が影響
「ヒートショック」とは、温かい場所から寒い場所へ急に移動したときに血圧が急上昇する現象のことです。冬場にお風呂場やトイレで倒れる高齢者が多いのも、このヒートショックが原因です。
謙信が住んでいた越後(現在の新潟県)は雪が多く、冬場はとても寒い地域です。春日山城のトイレも外気に近く、かなり寒かったはずです。温かい部屋から寒いトイレへ行き、そこで力んだことが、脳出血を引き起こす引き金になった可能性が高いです。
現代でも、高血圧の人は寒いトイレで倒れることがあります。謙信の死因がヒートショックによるものだったと考えると、納得できる部分が多いですね。
脳出血以外の説も?毒殺や暗殺の可能性
謙信の死因については、脳出血のほかにも「毒殺説」「暗殺説」があります。
特に有名なのが「織田信長の刺客に毒殺された」という説です。信長は当時、謙信と敵対していたため、暗殺を試みた可能性があると考えられています。ただし、この説を裏付ける証拠はなく、あくまで噂の一つです。
また、「武田家の密偵による暗殺」という説もあります。武田信玄とは長年にわたって敵対していたため、武田側の人物が謙信を暗殺しようとしたのではないか、と言われています。しかし、こちらも決定的な証拠はなく、確かな事実とは言えません。
現在の医学的な観点から見ても、最も有力な死因は「脳出血」です。ただし、戦国時代は情報が少なく、いろいろな説が生まれるのも無理はありません。
上杉謙信の死因にまつわる面白い推測や都市伝説

上杉謙信の死因は「脳出血」が最有力ですが、戦国時代の偉人には必ずといっていいほど奇妙な噂や都市伝説がつきまといます。
「実は女性だった?」「酒の飲みすぎで寿命が縮んだ?」「毒殺された?」など、謙信にまつわるユニークな推測を紹介します。歴史の新たな一面を知ることで、もっと謙信に興味が湧いてくるかもしれませんよ!
上杉謙信は実は女性だった?「女性説」の根拠とは?
上杉謙信には「実は女性だったのでは?」という驚きの説があります。
この説の根拠として、以下のような理由が挙げられています。
- 生涯、結婚をしなかった
戦国武将は子孫を残すことが非常に重要でした。しかし、謙信は生涯独身を貫きました。「結婚しなかったのは、実は女性だったからでは?」という説が生まれたのです。 - 生理痛のような症状に悩んでいた?
「当代記」という歴史書には、謙信が「大虫(おおむし)」という病気で苦しんでいたと記されています。この「大虫」は、現代の医学では女性特有の病気、更年期障害や月経痛を指すとも言われています。 - 美しい顔立ちだった
江戸時代の絵に描かれた謙信の肖像を見ると、女性のような端正な顔立ちをしています。当時の肖像画は理想化されることが多かったため、これだけで女性説を裏付けることはできませんが、噂が広まる要因になったようです。
この説にはロマンがありますが、あくまでも仮説の一つ。実際には戦国武将としての行動や戦歴を見る限り、男性だった可能性が圧倒的に高いでしょう。
謙信の毒殺説は本当か?織田信長や武田家の陰謀?
謙信の死因として、「織田信長の刺客に毒を盛られた」という説もあります。これは、小説やドラマでよく取り上げられる話ですが、実際のところ証拠はほとんどありません。
毒殺説がささやかれる理由は、謙信が突然倒れて亡くなったことにあります。戦場で病死した武田信玄とは異なり、謙信は城内で急死しています。これが「誰かに毒を盛られたのでは?」という疑惑につながったのです。
また、謙信は織田信長、武田勝頼、北条氏政といった戦国大名と敵対していました。とくに信長は、謙信が越中(現在の富山県)に勢力を伸ばしていたことを警戒していました。そこで、暗殺を試みた可能性があるというのです。
しかし、毒殺されたという確実な証拠はありません。戦国時代には医療が発達していなかったため、突然の死を不審に思い、暗殺説が生まれた可能性が高いです。
塩を食べすぎて死んだ?「塩分過多説」の真相
上杉謙信といえば「敵に塩を送る」という言葉で有名ですね。しかし、実は彼自身が「塩分の摂りすぎ」で命を縮めたのではないか?という説もあります。
謙信は戦国武将の中でも塩分の多い食生活をしていたと考えられています。梅干しや味噌を多く食べ、酒の肴にも塩辛いものを好んでいたのです。
現代の医学では、塩分の摂りすぎが高血圧を招き、脳卒中のリスクを高めることが分かっています。謙信の脳出血が、長年の塩分過多の食生活によるものだとすれば、皮肉な話ですね。
上杉謙信は本当に「軍神」だったのか?健康管理の落とし穴
謙信は戦場では「軍神」と称され、常に冷静な判断を下していました。しかし、健康管理に関しては甘かったのかもしれません。
謙信の生涯を振り返ると、常に戦に明け暮れ、精神的にも肉体的にも負担が大きかったことが分かります。また、先述のように酒好きで、塩分の多い食事を摂っていたため、現代の基準ではかなり不健康な生活を送っていた可能性が高いです。
もし、当時の医療技術が発達していたら、謙信は健康診断を受け、高血圧を指摘されていたかもしれませんね。
もし上杉謙信が長生きしていたら?戦国時代の歴史はどう変わったか
謙信は49歳という比較的若い年齢で亡くなりました。もし、あと10年長生きしていたら、戦国時代の歴史は大きく変わっていたかもしれません。
- 織田信長との決戦が実現していた?
織田信長と上杉謙信は、直接戦う機会がありませんでした。しかし、謙信が生きていれば、織田との戦が避けられなかったでしょう。謙信の軍略があれば、信長の天下統一は遅れていたかもしれません。 - 武田家が滅亡しなかった?
武田信玄が亡くなった後、武田家は謙信の強力なライバルでした。もし謙信が長生きしていたら、武田家との戦いが続き、織田軍による滅亡(天正壬午の乱)が避けられたかもしれません。 - 徳川家康の運命も変わっていた?
上杉家が強大な勢力を持ち続ければ、徳川家康の台頭は難しかったかもしれません。家康が天下人になるのは、謙信が早く亡くなったことも一因なのです。
歴史に「もし」はありませんが、謙信の長生きが戦国時代の流れを大きく変えた可能性は十分にありますね。
総括:上杉謙信の死因についてまとめ
最後に、本記事のまとめを残しておきます。
- 最有力な死因は脳出血
- 1578年3月13日、春日山城のトイレで倒れ、その後死亡。
- 寒いトイレで血圧が急上昇し、脳出血を引き起こした可能性が高い。
- 酒好きが死因に影響?
- 謙信は酒豪であり、馬に乗ったまま酒を飲むほどの酒好きだった。
- 大量の飲酒が高血圧を招き、脳出血のリスクを高めたと考えられる。
- 梅干しや塩分過多の食生活も影響?
- 酒の肴に梅干しや味噌を好み、塩分を多く摂取していた。
- 高塩分の食生活が高血圧を悪化させ、脳出血につながった可能性がある。
- 寒冷地の気候とヒートショック
- 越後(新潟県)は寒冷地で、トイレが極端に冷える環境だった。
- 温かい部屋から寒いトイレへの移動が、血圧の急上昇を引き起こした可能性。
- 毒殺・暗殺説の噂
- 織田信長や武田家の密偵による毒殺説があるが、確たる証拠はなし。
- 突然死したため、暗殺の噂が広まったと考えられる。
- 「実は女性だった」説
- 生涯結婚せず、「大虫(おおむし)」という病で苦しんだ記録がある。
- 女性特有の病気だった可能性が指摘されるが、証拠はなく都市伝説の域。
- もし謙信が長生きしていたら
- 織田信長との決戦が実現し、歴史が変わった可能性。
- 武田家の滅亡を防げたかもしれない。
- 徳川家康の台頭が遅れ、天下統一の歴史が変わった可能性も。
