今日は「袁世凱(えんせいがい)」という、歴史の教科書にも出てくる有名な人物について、やさしく、そしてしっかり解説していきますよ!
「袁世凱って何をした人なの?」
「孫文とどうちがうの?」
という疑問をもっている人にぴったりな内容です。
とくに中国の近代史を学ぶうえで欠かせない人物なので、テストでもよく出るポイントも紹介します。それでは、いってみましょう!
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袁世凱は何した人か簡単に!清から中華民国への転換期に活躍
袁世凱は何した人?中華民国初代大総統
袁世凱は、中国の清(しん)という王朝の終わりから、中華民国という新しい国ができるころに活やくした政治家です。いちばん有名なのは、1912年に「中華民国(ちゅうかみんこく)」ができたとき、初代の「大総統(だいそうとう)」になったことです。
もともとは清の軍人でしたが、自分の力でどんどん出世し、国の中心で活やくするようになりました。そして、清を終わらせて新しい時代を切り開いた孫文(そんぶん)と話し合い、中華民国のリーダーの座をゆずりうけたのです。
ただし、のちに「皇帝(こうてい)になりたい!」と思ってしまい、まわりから大きな反対を受けてしまいます。こうした行動から「独裁者(どくさいしゃ)」とも言われることがあります。
袁世凱の生い立ちと出世の道:李鴻章の部下から清朝の実力者へ
袁世凱は1859年に、中国の河南省(かなんしょう)で生まれました。もともとは「科挙(かきょ)」という試験に合格して役人になるのを目指しましたが、うまくいかず、かわりに軍人の道をえらびます。
若いころに出会ったのが、清のえらい人「李鴻章(りこうしょう)」です。この人の部下として働くうちに、袁世凱はしだいに力をつけていきました。朝鮮(ちょうせん)に派遣される軍のリーダーをつとめたり、洋式(ようしき)の近代的な軍隊「新軍(しんぐん)」をつくったりして、大きな信頼を得ていきました。
この時代、清は弱くなってきていて、列強(れっきょう)という外国からおそわれることも多かったので、袁世凱のような軍人がとても大事にされたのです。
袁世凱と辛亥革命:清朝を退位させて孫文から大総統の座を得た経緯
1911年、中国で「辛亥革命(しんがいかくめい)」という大きな革命がおこります。これは、2000年以上つづいた皇帝の時代を終わらせる、歴史の大事件でした。
このとき、革命をひっぱったのが孫文たちのグループでした。でも、じっさいには彼らだけでは力が足りませんでした。そこで登場したのが袁世凱です。
袁世凱は清の軍隊をにぎっていて、大きな力をもっていました。彼は「清の皇帝をやめさせるかわりに、大総統の地位をもらう」という交渉をしました。こうして、孫文は大総統をゆずり、袁世凱が中華民国のリーダーとなったのです。
このとき、清の最後の皇帝「宣統帝(せんとうてい)」も正式に退位し、皇帝の時代が終わりました。
袁世凱の独裁と帝政復活の失敗:第二・第三革命のきっかけに
大総統になった袁世凱は、最初こそ約束どおりのリーダーとしてふるまっていましたが、だんだんと自分の思いどおりに国を動かそうとするようになります。
1913年、国民党(こくみんとう)という政党が選挙で勝つと、袁世凱はそのリーダー・宋教仁(そうきょうじん)を暗殺させたと言われています。
これに怒った孫文たちは、ふたたび革命を起こします。これが「第二革命(だいにかくめい)」ですが、軍の力でおさえこまれてしまい、孫文は日本に亡命しました。
さらに1915年、袁世凱は「皇帝になりたい!」と言い出します。これに国の中も、外国も大反対!
「第三革命(だいさんかくめい)」と呼ばれる反乱が起こり、袁世凱はわずか83日で皇帝の座を手ばなすことになります。
袁世凱の死とその後:中国の混乱と軍閥時代の始まり
皇帝になろうとして失敗した袁世凱は、まわりからの信頼をすっかり失ってしまいました。そして1916年、失意のうちに病気で亡くなります。享年(きょうねん)56歳でした。
袁世凱の死後、中華民国はまとまりを失い、「軍閥(ぐんばつ)」と呼ばれる地方の軍人たちが、それぞれの地で力をもちはじめました。
これは、まるで日本の戦国時代のような状態です。
国としての力は弱くなり、外国の思いどおりにされてしまうこともありました。
この時代をへて、孫文や蒋介石(しょうかいせき)、毛沢東(もうたくとう)といった新しいリーダーが登場していくことになります。
袁世凱は何した人?孫文の違いと関係も簡単に
ここからは、袁世凱とよくいっしょに登場する「孫文(そんぶん)」との関係やちがいについて見ていきましょう。
ふたりとも中華民国の成立にかかわった重要人物ですが、「目指していた国のかたち」や「行動のスタイル」が大きくちがうのです。ここでは、そのちがいや関係をしっかりと整理していきますよ!
袁世凱と孫文の違いとは?思想・目的・政治スタイルを比較表で解説
袁世凱と孫文のちがいは、大きく分けて3つあります。「思想」「目的」「やり方」です。以下の表でまとめてみましょう。
| 項目 | 孫文 | 袁世凱 |
|---|---|---|
| 出身 | 革命家 | 軍人・政治家(清の実力者) |
| 目指した政治体制 | 共和政(国民による政治) | 君主制(皇帝による中央集権) |
| 政治のスタイル | 民主主義を重視 | 権力集中型の独裁スタイル |
| 有名な政策 | 三民主義(民族・民権・民生) | 帝政復活の試み |
このように、ふたりは同じ時代に活やくした人物ですが、目指す方向がまったくちがったのです。
袁世凱はなぜ孫文から大総統の座を奪えたのか
ではなぜ、孫文ががんばって作った中華民国のリーダーが、すぐに袁世凱に変わってしまったのでしょうか?
理由は「軍事力の差」と「現実的な政治のうまさ」にあります。
孫文は理想を語る「革命家」でしたが、軍をもっていませんでした。一方で袁世凱は、清の時代から強力な軍を持っていて、「この人が味方しないと革命は失敗する」と思われていました。
そのため、孫文は「清を終わらせるために仕方なく」大総統の地位をゆずる決断をします。ここに袁世凱の交渉力としたたかさが出ていたのです。
孫文と袁世凱の対立と「第二革命」:国民党弾圧と日本への亡命
袁世凱が大総統になってからも、孫文たちはあきらめませんでした。国民党をつくって選挙にのぞみ、勝利しましたが、袁世凱はそのリーダーを暗殺してしまいます。
このような行動に反発して、孫文たちは1913年にふたたび革命を起こします。これが「第二革命」です。しかし、軍の力でおさえこまれてしまい、孫文は日本へ亡命(ぼうめい)することになりました。
亡命中の日本では「中華革命党」をつくり、もう一度国を変えようと準備を始めました。日本では結婚もしており、孫文の人生において大切な時期でもありました。
袁世凱の帝政と孫文の三民主義:国家のあり方を巡る対立
袁世凱は「国をまとめるには、やっぱり皇帝が必要だ」と考え、1915年に「皇帝になる」と宣言します。これに国じゅう、そして外国までもが大反対します。
いっぽう孫文は、「三民主義(民族・民権・民生)」をかかげ、民が中心の民主国家をつくるべきだと主張しました。
このふたりのちがいは、「国を動かす力を誰が持つのか」という点にありました。袁世凱は自分一人に力を集中させようとしたのに対し、孫文は国民みんなで国をつくるという理想を追い求めたのです。
袁世凱・孫文の用語解説と年号・出来事まとめ
最後に、テストでよく出る袁世凱と孫文に関する重要なキーワードや年号をまとめておきましょう。
- 袁世凱(えんせいがい):中華民国の初代大総統、のちに皇帝になろうとして失敗。1916年に死亡。
- 孫文(そんぶん):辛亥革命を指導し、中華民国の初代臨時大総統。三民主義をとなえた。
- 辛亥革命(1911年):清を倒して中華民国が生まれた革命。
- 中華民国成立(1912年):アジア初の共和制国家ができた年。孫文から袁世凱に大総統が交代。
- 第二革命(1913年):袁世凱の独裁に対して孫文たちが反乱。失敗し、日本に亡命。
- 第三革命(1915〜16年):袁世凱の帝政宣言に対する反発。帝政をとりやめるきっかけに。
- 三民主義:孫文がとなえた「民族」「民権」「民生」の3つを大切にする政治の考え方。
こうした用語をしっかり覚えておくことで、テストでの得点アップもねらえます!
総括:袁世凱は何した人か簡単に解説まとめ
最後に、本記事のまとめを残しておきます。
- 袁世凱は何をした人?
→ 中華民国の初代大総統。清を終わらせ、新時代の政治家として活躍。 - 生い立ちと出世
→ 科挙に失敗し軍人に。李鴻章の部下として頭角を現し、清の実力者に。 - 辛亥革命との関わり
→ 清朝を退位させる交渉を行い、孫文から大総統の地位を譲り受けた。 - 独裁と帝政の失敗
→ 権力を集中させ、皇帝を名乗るも失敗。国内外の反発で退位し病死。 - 死後の影響
→ 軍閥が台頭し、中国は混乱の時代へ突入。 - 孫文との違い(比較表あり)
→ 孫文は民主主義を目指した理想主義者、袁世凱は権力集中型の現実主義者。 - 孫文から大総統を奪えた理由
→ 袁世凱の軍事力と交渉力によるもの。 - 第二革命とは?
→ 袁世凱の独裁に反発した孫文たちの反乱。失敗し孫文は日本に亡命。 - 政治思想の対立
→ 袁世凱は帝政、孫文は三民主義による民主国家を理想とした。 - テスト対策の重要語句・年号
→ 袁世凱、孫文、辛亥革命、中華民国成立、第二・第三革命、三民主義など。
