みなさん、こんにちは!今日は歴史の授業でもよく登場する「岩倉使節団」について、分かりやすく解説していきます。

明治時代の日本は、近代化を進めるために海外の技術や制度を学ぼうとしていました。そんな中、政府の重要なメンバーたちが約2年をかけて欧米諸国を視察したのが「岩倉使節団」です。

今回は、岩倉使節団の主要メンバー5人を中心に、その他のメンバー一覧も紹介していきます。彼らがどんな役割を果たし、日本にどのような影響を与えたのか、一緒に学んでいきましょう!

※AmazonのKindle Unlimitedは月額980円ですが、3ヶ月無料期間があります。その間、読み放題対象の電子書籍は全部無料。途中で解約ももちろん自由。そのため、電子書籍が実質0円で読めます。以下に、歴史の語呂合わせに関連する無料書籍を載せておきます。

↓実質無料で読めるおすすめ歴史の読み物↓

著:河合敦, 著:房野史典
¥1,617 (2025/07/04 03:22時点 | Amazon調べ)
著:ぴよぴーよ速報
¥1,529 (2025/07/04 03:24時点 | Amazon調べ)

岩倉使節団の主要メンバー5人とは?一覧表で解説

明治政府が派遣した岩倉使節団は、日本の近代化を支えた重要な出来事のひとつです。その中でも特に重要な5人のメンバーを紹介します。この5人は、日本の政治や経済、外交において中心的な役割を果たしました。

岩倉使節団の主要メンバー5人一覧

まず、岩倉使節団の中でも 特に重要な役割 を担った5人を一覧にまとめました。

名前役職生年-没年
岩倉具視特命全権大使1825年 – 1883年
木戸孝允特命全権副使1833年 – 1877年
大久保利通特命全権副使1830年 – 1878年
伊藤博文特命全権副使1841年 – 1909年
山口尚芳特命全権副使1839年 – 1894年

岩倉具視とは?岩倉使節団のリーダーの役割とは

岩倉具視(いわくらともみ)は、岩倉使節団の最高責任者として「特命全権大使」に任命されました。彼は幕末から明治にかけて活躍した政治家で、日本の近代化を推し進めた人物です。

なぜ岩倉具視がリーダーになったのか

彼は、江戸時代の終わり頃から明治政府の重要人物として活躍していました。西洋の文明や政治制度を学ぶためには、政府のトップクラスの人物が直接視察する必要がありました。そのため、右大臣だった岩倉具視がリーダーに選ばれたのです。

使節団での役割とは

岩倉具視の大きな役割は、欧米諸国のトップと交渉することでした。日本は当時、不平等条約の改正を目指していましたが、結果的にはこの交渉はうまくいきませんでした。しかし、欧米の社会や制度を学び、日本の近代化に役立てることができました。

木戸孝允の功績!維新の立役者が果たした役割

木戸孝允(きどたかよし)は、長州藩出身の政治家で特命全権副使を務めました。彼は明治維新の立役者の一人としても知られています。

木戸孝允の目的とは

彼の目的は西洋の政治制度を学び、日本の近代化に役立てることでした。特に憲法や議会制度に関心を持ち、各国の政治の仕組みを細かく調査しました。

視察の成果は

彼が視察で得た知識は、後の「大日本帝国憲法」「国会制度」の基礎となりました。日本が近代国家として成長するために、非常に重要な役割を果たしました。

大久保利通の視察目的!財政改革の視点から見た海外視察

大久保利通(おおくぼとしみち)は、薩摩藩出身の政治家で、特命全権副使を務めました。彼は日本の財政を安定させることを目的として視察に参加しました。

大久保利通の目的

日本は当時、お金の使い方がまだ未熟でした。欧米の産業や経済の仕組みを学び、日本の発展に活かすことが彼の目的でした。

視察の成果は

彼が学んだことは、日本の工業化の発展鉄道の整備に大きく貢献しました。また、税制改革にも影響を与え、日本の経済基盤を作るきっかけとなりました。

伊藤博文が学んだこと!初代総理大臣の視点

伊藤博文(いとうひろぶみ)は、のちに日本の初代内閣総理大臣となる人物です。彼は若干31歳で特命全権副使に任命されました。

伊藤博文の目的とは

彼は、欧米の政治制度を学び、日本の憲法や政府制度を作るための参考にすることを目的としていました。

視察の成果は

彼は特にドイツの憲法制度に注目しました。そして、帰国後に日本初の憲法である「大日本帝国憲法」を作る際に、大きな影響を与えました。

山口尚芳の貢献!外務官僚としての役割とは?

山口尚芳(やまぐちなおよし)は、特命全権副使であり、外務省の高官でした。彼の役割は外交の面から日本の近代化をサポートすることでした。

山口尚芳の目的

彼は各国の外交制度や国際関係のルールを学び、日本が外交面で発展するための知識を得ることを目的としていました。

視察の成果は

彼の学びは、日本の外交の土台となり、日本が国際社会で対等に交渉できるようになるきっかけとなりました。

岩倉使節団メンバー5人後に:その他メンバー一覧表

岩倉使節団には、特命全権大使や副使だけでなく、書記官・理事官・留学生・随行員など、多くのメンバーが含まれていました。彼らは日本の近代化を支えるため、それぞれの分野で重要な役割を果たしました。

ここでは、岩倉使節団の全メンバーを一覧表で紹介します。

岩倉使節団の主要メンバー一覧表【特命全権大使・副使】

岩倉使節団の中で、最も重要な役割を担った特命全権大使と副使のメンバーをまとめました。

氏名生没年年齢派遣時の肩書国内での役職
岩倉具視1825~188347歳特命全権大使右大臣
木戸孝允1833~187739歳特命全権副使参議
大久保利通1830~187842歳特命全権副使大蔵卿
伊藤博文1841~190931歳特命全権副使工部大輔
山口尚芳1839~189433歳特命全権副使外務少輔
田辺太一1831~191541歳一等書記官外務少丞
塩田篤信1843~188929歳一等書記官外務大記
何礼之1840~192332歳一等書記官文部少教授→外務二等書記官
福地源一郎1841~190631歳一等書記官大蔵出仕
渡辺洪基1847~190125歳二等書記官外務少記
小松燾盛1848~189324歳二等書記官外務七等出仕→外務三等書記官
林董1850~191322歳二等書記官外務七等出仕
長野桂次郎1843~191729歳二等書記官工部理事官随行
栗本貞次郎1839~188133歳二等書記官フランス留学生
杉浦弘蔵1842~187630歳三等書記官アメリカ留学生
大原令之助1845~188727歳三等書記官アメリカ留学生
新島七五三太1843~189029歳三等書記官心得文部理事官随行
安藤忠経1846~192426歳四等書記官外務大録
池田政懋1846~188126歳四等書記官文部大助教
久米邦武1839~193133歳大使随行権少外史
中山信彬1842~188430歳大使随行兵庫県権知事
由利公正1829~190943歳大使随行東京府知事
岩見鑑造1842~190430歳由利随行東京府二等訳官
佐々木高行1830~191042歳司法理事官司法大輔
岡内重俊1842~191530歳司法理事官随行司法権中判事
川路利良1834~187938歳司法理事官随行警保助兼大警視
井上毅1843~189529歳司法理事官随行司法中録→司法大属
名村泰蔵1840~190732歳司法理事官随行司法七等出仕
田中不二麿1845~190927歳文部理事官文部大丞
長与専斎1838~190234歳文部理事官随行文部中教授

岩倉使節団の書記官・理事官一覧

使節団の業務を支えるために、書記官や理事官が同行しました。彼らは記録作成・交渉補助・通訳などの重要な役割を担いました。

氏名役職国内での役職
田辺太一一等書記官外務少丞
塩田篤信一等書記官外務大記
何礼之一等書記官文部少教授→外務二等書記官
福地源一郎一等書記官大蔵出仕
渡辺洪基二等書記官外務少記
小松燾盛二等書記官外務七等出仕→外務三等書記官
林董二等書記官外務七等出仕
長野桂次郎二等書記官→工部理事官随行外務七等出仕→工部七等出仕
川路寛堂二等書記官→三等書記官→大蔵理事官随行外務七等出仕→大蔵七等出仕

岩倉使節団の留学生一覧

使節団には、日本の未来を担う若者たち(留学生)も同行しました。彼らは欧米の最新技術や知識を学び、日本の発展に大きく貢献しました。

氏名役職留学先
新島七五三太三等書記官心得→文部理事官随行アメリカ
杉浦弘蔵三等書記官アメリカ
大原令之助三等書記官アメリカ
藤倉見達イギリス留学生(工学質問)イギリス
金子堅太郎黒田随行アメリカ
團琢磨黒田随行アメリカ
前田利嗣イギリス留学生イギリス
錦小路頼言アメリカ留学生アメリカ
鍋島直大イギリス留学生イギリス
武者小路実世ドイツ留学生ドイツ

岩倉使節団の随行者一覧

随行者には、使節団を補佐する役割の者が含まれていました。彼らは事務・医療・警護などの任務を担っていました。

氏名役職役割
岩倉具綱岩倉随行岩倉家家臣
福井順三岩倉随行・医療心得木戸家家従
日置兵市岩倉随行事務担当
松方蘇介岩倉随行→アメリカ留学生随行者
山本復一岩倉随行岩倉家家扶
佐々木兵三木戸随行木戸家家臣
坂井秀之丞大久保随行大久保家家臣

岩倉使節団の外国での活動とその影響

岩倉使節団は、アメリカやヨーロッパ各国で政治・経済・産業・教育などを視察しました。彼らの活動は、日本の近代化に大きな影響を与えました。

アメリカでの活動

  • 使節団は サンフランシスコからアメリカ視察をスタート しました。
  • 不平等条約の改正を交渉 しようとしましたが、受け入れられませんでした。
  • 産業や教育システムを視察 し、日本の学校教育の改革に影響を与えました。

イギリス・フランス・ドイツでの活動

  • 鉄道や工業技術を学び、日本の産業発展の基礎を築きました。
  • 軍隊制度や法律の仕組みを学び、日本の法制度の改革に役立てました。
  • ヨーロッパ各国の議会制度を調査し、日本の憲法制定の基礎を作りました。

総括:岩倉使節団の主要メンバー5人&その他メンバー一覧まとめ

最後に、本記事のまとめを残しておきます。

氏名生没年年齢派遣時の肩書国内での役職
岩倉具視1825~188347歳特命全権大使右大臣
木戸孝允1833~187739歳特命全権副使参議
大久保利通1830~187842歳特命全権副使大蔵卿
伊藤博文1841~190931歳特命全権副使工部大輔
山口尚芳1839~189433歳特命全権副使外務少輔
田辺太一1831~191541歳一等書記官外務少丞
塩田篤信1843~188929歳一等書記官外務大記
何礼之1840~192332歳一等書記官文部少教授→外務二等書記官
福地源一郎1841~190631歳一等書記官大蔵出仕
渡辺洪基1847~190125歳二等書記官外務少記
小松燾盛1848~189324歳二等書記官外務七等出仕→外務三等書記官
林董1850~191322歳二等書記官外務七等出仕
長野桂次郎1843~191729歳二等書記官工部理事官随行
栗本貞次郎1839~188133歳二等書記官フランス留学生
杉浦弘蔵1842~187630歳三等書記官アメリカ留学生
大原令之助1845~188727歳三等書記官アメリカ留学生
新島七五三太1843~189029歳三等書記官心得文部理事官随行
安藤忠経1846~192426歳四等書記官外務大録
池田政懋1846~188126歳四等書記官文部大助教
久米邦武1839~193133歳大使随行権少外史
中山信彬1842~188430歳大使随行兵庫県権知事
由利公正1829~190943歳大使随行東京府知事
岩見鑑造1842~190430歳由利随行東京府二等訳官
佐々木高行1830~191042歳司法理事官司法大輔
岡内重俊1842~191530歳司法理事官随行司法権中判事
川路利良1834~187938歳司法理事官随行警保助兼大警視
井上毅1843~189529歳司法理事官随行司法中録→司法大属
名村泰蔵1840~190732歳司法理事官随行司法七等出仕
田中不二麿1845~190927歳文部理事官文部大丞
長与専斎1838~190234歳文部理事官随行文部中教授